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2015 プロ野球 いよいよ開幕です!^^ [野球]

なんかこの頃、妙にイライラする事が多くなってきた銀狼でございます(-_-;)

昔からおとなしくて穏やかな性格で通っているはずなのに、
このところは仕事中も口が悪くなってきちゃいまして・・・;^_^A


50前のオヤジがこんな事ではイカン!と自らを戒めている最中でございます^^;



まぁ、でももうすぐ楽しみにしている事が始まりますので、
私の溜まりに溜まったストレスもスカッと解消できる時が来るんじゃあないかと。。。



そうです!

いよいよ、今週27日から2015年度のプロ野球が開幕となります~^^♪




「なんだ、銀狼。 野球ネタも書きもしないでホントに楽しみにしてたのか?」

な~んて言われそうですが^^;



いやいや、ホントに申し訳ありません。。。


ストレスと比例してブログネタも溜まる一方だったのですが、
野球関係のネタを整理する余裕がないまま、時だけが過ぎてしまいました(T_T)


しかし、開幕を間近に控えて
何にも書かないまま開幕を迎えてはマズい!と焦りながらPCに向かっております^^;





さて、今年も色々な話題を提供してくれそうな日本プロ野球でございますが、
やはり今年はこの4名にフォーカスしなければなりませんでしょうねぇ。。。






米国帰還組.jpg


上段がカープの黒田投手(左)とホークス松坂投手(右)
下段がBs(オリックス)中島選手(左)、そして我がFsの田中賢介選手(右)
バファローズって入力が面倒なのでBsに省略してます^^;


米国球界へ身を投じた4人が一斉に母国のプロ野球へ帰ってきたわけです。


海の向こうを渡ったと言っても、それぞれに全く事情は異なります。




黒田投手は、もう皆さんもご存知の通り
ヤンキースやドジャースなどといったMLBの超名門球団からの20億円超ともいわれる巨額オファーを蹴って
「カープ愛」を標榜し、8年ぶりの日本球界復帰。

松坂投手は、MLBにおいてブルペン投手としてのオファーはあったのですが、
先発投手に拘った末、ホークスにて日本球界復帰

中島選手は、度重なる故障もあってか、MLBに昇格出来ぬまま2年を過ごし、
チャンスを貰える環境を求め、日本球界復帰。

田中賢介選手も、MLB昇格の機会こそ得られたものの、チャンスを多く貰う事が出来ず、
黒田と同じく古巣「ファイターズ愛」を標榜しての日本球界復帰。




ですが、それぞれの事情は異なっても、かけられる期待感は半端ないものが。。。


黒田の復帰によって、カープファンの方々は既に優勝を確信していることでしょうか^^

松坂の獲得によって、ホークスファンの方々も連覇への期待が大きく膨らんでいることでしょう^^

中島の獲得によって、Bsファンの方々は昨年の悔しい思いを晴らす時がきた!と思われているかと^^

そして、田中賢介の復帰によって、
我々Fsファンも若返ったチームの支柱が出来、優勝する体制が整った!と思っちゃったりしてます^^



でも、ちょっとここで少し冷静になってみましょうか。。。



過去、米国球界への挑戦から帰国してきた選手は数多くいます。

長くなりますが、ざっと羅列してみましょう。。。



村上雅則投手  (1963南海-1964~65SF-66~82南海他)
柏田貴史投手  (1990~96巨人-97NYM-98~05巨人)
伊良部秀輝投手 (1988~96ロッテ-97~02NYY他-03~04阪神)
吉井理人投手  (1984~94近鉄-95~97ヤクルト-98~02NYM他-03~07オリックス他)
木田優夫投手  (1987~97巨人-98オリックス-99~00DET-00~01オリックス-03~05LAD他-06~12ヤクルト他)
大家友和投手  (1994~98横浜-99~09BOS他-10~11横浜)
佐々木主浩投手 (1990~99横浜-00~03SEA-04~05横浜)
新庄剛志選手  (1990~00阪神-01~03NYM他-04~06Fs)
野村貴仁投手  (1991~97オリックス-98~01巨人-02MIL-03Fs)
石井一久投手  (1992~01ヤクルト-02~05LAD他-06~13ヤクルト他)
小宮山悟投手  (1990~99ロッテ-00~01横浜-02NYM-03~09ロッテ)
田口壮選手    (1992~01オリックス-02~09STL他-10~11オリックス)
松井稼頭央選手 (1994~03西武-04~10NYM他-11~楽天)
高津臣吾投手  (1991~03ヤクルト-04~05CWS-06~07ヤクルト)
中村紀洋選手  (1992~04近鉄-05LAD-06~オリックス他)
井口資仁選手  (1997~04ダイエー-05~08CWS他-09~ロッテ)
藪恵壹投手    (1994~04阪神-05~08OAC他-10楽天)
入来祐作投手  (1997~03巨人-04~05Fs-06~07米マイナー-08横浜)
城島健司捕手  (1995~05ダイエー-06~09SEA-10~12阪神)
斎藤隆投手   (1992~05横浜-06~12LAD他-13~楽天)
井川慶投手   (1998~06阪神-07~11NYY他-12~オリックス)
岩村明憲選手  (1997~06ヤクルト-07~10TB-11~14楽天他)
岡島秀樹投手  (1994~05巨人-06Fs-07~11BOS-12ホークス-13OAC-14~ホークス他)
小林雅英投手  (1999~07ロッテ-08~09CLE-10~11巨人他)
福留孝介選手  (1999~07中日-08~12CHIC他-13~阪神)
福盛和男投手  (1995~03横浜-04近鉄-05~07楽天-08TEX-09~10楽天)
薮田安彦投手  (1996~07ロッテ-08~09KC-10~13ロッテ)
高橋建投手   (1995~08広島-09NYM-10広島)
川上憲伸投手  (1998~08中日-09~11ATL-12~中日)
五十嵐亮太投手(1998~09ヤクルト-10~12NYM他-13~ホークス)
高橋尚成投手  (2000~09巨人-10~13NYM他-14~DeNA)
西岡剛選手   (2003~10ロッテ-11~12MIN-13~阪神)
建山義紀投手  (1999~10Fs-11~14TEX他-14阪神)

計33名
※日本のプロ野球を経ないで米国に行った選手や日本復帰しなかった選手は除く



自分で挙げてみたくせに言うのも何ですが、まぁたくさんいること^^;

その中から、私が「帰国してからも活躍した」と感じている選手を何名かピックアップしてみたいと思います。



まず最初は、初めての日本人メジャーリーガーとなった村上雅則

マッシー村上.jpg
SFジャイアンツ時代

南海ホークスでプロ野球生活を始めた村上投手
「アメリカへ野球留学させてやる」との入団当時の約束にて、プロ2年目に海を渡ります。
マイナーでも目立った結果が出ていなかったのですが、まさかのメジャー昇格。
あれよあれよという間にメジャー初勝利も挙げ、”マッシー・ムラカミ”という愛称で親しまれることに。
2年間プレーした後、日本へ復帰するのですが、本人はメジャーに残りたかったようです。。。
(南海とSFの間で二重契約トラブル等もあったそうです)
帰国後2年は成績がパッとしなかったのですが、3年目に18勝を挙げ一躍左のエース格に。
その後も先発・リリーフ両面で、17年もの間活躍しました。

渡米前:3試合0勝0敗 防4.50(1年)
米国通算:54試合5勝1敗9S 防3.43(2年)
帰国後:563試合103勝82敗30S 防3.64(17年)




次に挙げるのは、意外かも知れませんが、この人です。。。

木田.jpg

今季から我がFsのGM補佐に就任した木田優夫
野球に詳しくない方でも、明石家サンタに出てる人と言えばお判りでしょうね^^;

巨人のドラフト1位として輝かしいプロ生活を歩みだし、
4年目には12勝7Sを挙げる活躍を見せ、一躍エース候補に名乗りを挙げました。
しかし、この年がピークとなり、その後は先発・リリーフ両方できる便利屋的ポジションに落ち着きます。
12年目にトレードでオリックスへ放出されますが、その年のオフにFAでDETへ移籍。
メジャーではリリーフ専門として働きますが、2年足らずでオリックスへ復帰。
2001年に腰の故障で自由契約となるも、2003年には再びLADにてメジャー復帰。
2005年に古田監督の誘いを受け、ヤクルトにてまたまた日本復帰と目まぐるしい動きぶりを見せます^^;
その後もヤクルト・Fsで6年間かリリーフとして活躍。
Fs解雇後は独立リーグで現役を続け、昨年限りで引退。
成績自体は特筆すべきものはないのですが、息の長い選手となった点を考えると
日本復帰成功組に入れてもいいのかと思うのです。
Fs在籍時はダルビッシュからも、よくメジャーの話をせがまれていたようです。。。

渡米前:336試合59勝68敗40S 防3.88(13年 ※00~01一時帰国時含む)
米国通算:65試合1勝1敗1S 防5.83(5年)
帰国後:180試合14勝14敗10S 防4.00(7年 ※06以降)




3人目の「帰国成功組」は、お待ちかねのこの人!


2012_0612-photo4.jpg

新庄剛志を挙げないわけにはいかないでしょう^^

この人は面倒くさいから略歴書きません(笑)
阪神在籍時の活躍ぶり・人気ぶりもよく知られているでしょうし、
メジャーでも日本人初のサヨナラヒット、日本人初の4番打者、日本人初の2けた本塁打
そして日本人初のワールドシリーズ出場と、残した数字以上の活躍を見せます。
で、2004年からは北海道へ移転した我がFsへ!
在籍は3年間でしたが、彼のおかげで我がFsは大きくチームを変革出来たのは事実です。
数字の方でも復帰初年度の打率.298 HR24本 打点79はほぼキャリアハイに近いもの。
Fsのみならずパリーグ人気を盛り上げてくれた、紛れもない「成功者」の一人です。

渡米前:1054試合 打率.249 HR145 打点518(11年)
米国通算:303試合 打率.245 HR20 打点100(3年)
帰国後:357試合 打率.268 HR60 打点198(3年)




さて、4人目も挙げてみましょう^^;


石井一.jpg

この人もあえて説明不要でしょうか
石井一久です。

野村ヤクルト黄金期のエースとして活躍。
日本を代表する左のパワーピッチャーとして、ポスティングを使って海を渡りLADへ入団。
初年度いきなり14勝を挙げるなど4年間活躍し、慕っていた古田の監督就任時にヤクルトへ復帰。
その古田の引退・退団を機に、FAで西武へ移籍。
往年の球威こそ衰えを見せてきてはいたが、初めてのパリーグでも先発ローテの一角として
6年間に渡り活躍を見せました。
故障も多かったですし、最後までコントロールに難のある投手でしたが、
重いストレートと切れ味鋭いスライダーで三振の山を築いた、思い出に残る名投手。
飄々としたキャラクターで知られていますが、LAD時代に相手打者の打球がおでこを直撃し
頭蓋骨骨折という命に拘わる大怪我から見事復帰するというど根性ぶりも見せてくれたものです。

渡米前:244試合78勝46敗1S 防3.38(10年)
米国通算:105試合39勝34敗0S 防4.44(4年)
帰国後:175試合65勝57敗0S 防3.94(8年)




あと、もう一人挙げちゃいます・・・^^;


井口.jpg

現在も千葉ロッテで活躍中の井口資仁です。

青山学院大で東都大学リーグ記録となる通算24本塁打をマークし、
ドラフトの超目玉として各球団が争奪戦を繰り広げ、鳴り物入りでダイエーに入団
しかし、4年目までは怪我などあって思うような成績が残せずにおりました。
でも5年目になり、30本塁打・44盗塁(盗塁王)という数字を挙げ、チームに貢献。
それからは走攻守三拍子揃った選手として、日本を代表する二塁手となります。
2005年にはCHIWへ移籍。日本とは違う二番打者としての役割を求められますが、
安定した成績を残し、ワールドシリーズ制覇に貢献。
日本人メジャーの内野手として一番の成功者と言っても過言ではない活躍を見せます。
しかし、メジャーでは三塁手としての起用が増え、二塁に拘りを持つ井口は日本へ活路を求め
2009年にロッテ入団となります。
ダイエー時代のような数字こそ挙げてませんが、勝負強い打撃は健在。
41歳となる今季も千葉ロッテの中心として活躍するでしょう。(Fsファンとしては困りますが 笑)

渡米前:894試合 打率.271 HR149 打点507(8年)
米国通算:493試合 打率.268 HR44 打点205(4年)
帰国後:790試合 打率.273 HR89 打点433(6年)※現役続行中


この他にも、松井稼や岡島・薮田・五十嵐あたりは「帰国成功組」として挙げられるでしょうが、
33名いるうち、1/3弱しか帰国しても活躍できた選手はいないのが現在までの状況です。


そういう点で考えれば、前述の4名も果たしてどこまで出来るのか?・・・



特に黒田へかかる期待は相当なもの。


ヤンキースにてバリバリ先発ローテの中心にいた投手がやってきたのです。
カープ愛を貫いて帰ってきたのです。
日本中が黒田に注目しているのですから。。。



ただ、黒田や田中賢介は元の所属球団へ帰ってきているのは
精神的に楽な面もあるのではないでしょうか。

ファンは温かく迎え入れております。

万が一、際立った成績が残せなくとも、チームへの波及効果・相乗効果を考慮した
評価が出て来るものと思われます。




もっと大変なのは、松坂と中島ではないかと。。。

元の所属球団(二人とも西武)ではないチームへの入団。
それも西武と同一リーグ球団です。

期待値は黒田に負けず劣らずでしょうが、
成績が残せなかった場合の反発係数も相当高くなるでしょう。


まぁ、あえてそのプレッシャーを選択したのかも知れませんが、
ある意味でメジャー挑戦時よりも精神的にはキツイような気もします。




メジャー帰りの投手で今のところシーズンで一番勝ち星を挙げたのは
故・伊良部さんが03年に阪神で挙げた13勝(リーグ優勝に貢献)

打者でいけば、城島が2010年に阪神で記録した
打率.303 HR28 打点91が最高の数字となります。

他には前述の新庄の数字や井口の1年目成績打率.281 HR19 打点65
松井稼の打率.260 HR9 打点48
西岡の打率.290 HR4 打点44

中島であれば、城島や新庄・井口辺りの数字
田中賢介は松井稼・西岡の辺りの数字が基準となってくることでしょうし、
その程度をファンも期待してしまうことでしょう。



もちろん、個人成績が良くたって
応援するチームが勝たなければ何の意味もありません。


チームの柱として活躍し、優勝を齎せる


ある意味、大物外国人のような扱いでもあります。



上記の4名がどのような活躍ぶりを見せるのか?


そして、最終的に秋に笑えるのはどの球団・どこのファンなのか?



色々と興味はつきませんが、
ファンとしては半年間の間、思う存分野球の醍醐味を堪能させて欲しいものです^^


テレビやラジオ、そしてスタジアムで一喜一憂しながら
秋までの長いペナントレース・CS・日本シリーズを楽しませてもらおうではありませんか^^



さぁ、いよいよ2015年度日本プロ野球 プレイボールです!^^


コツコツ書き溜めていた記事が、ようやく吐き出せたぁ;^_^A
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アベノミクス「第三の矢」の提言に勝手に乗っかってみる [野球]

<お詫び>
本日(24日)の昼間頃、「あしあと」やコメントを入力しようとした際に、記事が消えてしまうトラブルが発生した模様です。
現在は元通りになっているものの、原因は不明でソネットに問い合わせ中でございます。
大変ご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございません<(__)>




人生で一度くらいは「爽やかな方ですね!」とか言われてみたいなぁ。。。
と思っている銀狼でございます(爆)

だいたいが「胡散臭い」とか「怪しい」とか「怖い」とか・・・(汗)


本当は小心者で気の弱い男なのになぁ。。。




あれ?何で笑ってるんですか?

そこのアナタ!(爆)




ま、そんなどうでもいい事は置いといて・・・


今回はずっと前から下書きをしたまま放置状態だった記事をようやくUPさせて頂く事に・・・^^;
ただでさえネタが溜まっているところに、先に挙げたい記事が出てきちゃって(汗)






先日、自民党の「日本再生経済会本部」から発表された成長戦略第二次提言案の中に
あまりにも唐突な内容が盛り込まれておりました。


”プロ野球を12球団から16球団に増やす”



アベノミクスの地域経済活性化プランの一つとして考えられたようです。。。


BN-CK930_abebas_G_20140418034525.jpg


世間がサッカーで沸き立つ中、あえての野球ネタ
なんて天邪鬼な私・・・^^;


私個人の意見としては、基本的には悪くない事だと思っております。


福岡のホークス

我が北海道のファイターズ

宮城(東北全域というべきか)のイーグルス


このパリーグ3球団の成功によって、プロ野球チームを誘致する事が
どれだけ地域活性化に大きな貢献を果たしているかが証明されたわけですから、
そう考えるのも良く判ります。

球団側としても、上記3チームは移転(イーグルスは新興球団ですが)した後に
観客動員は増えるわ、チーム自体も強くなってきたわで
悪いことが一切ないわけですしね^^



で、前述の日本再生ナントカカントカ(端折るな 笑)は
球団を誘致する地域まで具体的に示してきました。


静岡・北信越・四国・沖縄



ちなみに現在の球団分布はこのようになっております。

japan.JPG



自民党の提言内容を反映すると、こうなります。
(北信越は新潟、四国は高知あたりで勝手に設定した場合・・・提言地域に☆をつけてます)

japan2.JPG



国内のバランスを考えれば、至極真っ当な地域設定でしょうか。
ただ、四国の場合は愛媛・松山に「坊っちゃんスタジアム」という3万人収容の立派な球場があるので、
高知よりも愛媛の方が受け入れ態勢が整っているかもしれません


静岡や新潟あたりはJリーグのおかげでスポーツ熱も盛んですし、
四国や沖縄はプロ野球のキャンプ地としても知られておりますから
野球のフランチャイズにはもってこいです。
但し、人口140万人の離島である沖縄で球団経営が成立するか?という疑問も生じますが・・・


このような配置にして、セパ共に8球団ずつ
そして、その8球団を東西4球団ずつに分けることで
セの東地区1位・西地区1位、パの東地区1位・西地区1位を決め
プレーオフ→リーグ優勝→日本シリーズという流れにしては?という事だそうで。。。

確かに今のクライマックスシリーズ制度では優勝どころか
リーグ3位であっても日本一になれる権利を持つため、異論があることも事実です。
現に千葉ロッテがリーグ3位で日本一になった事もあります


MLBに倣う形となってますので、何のオリジナリティもないですが
プレイする側も観る側も納得しやすい形ではないでしょうか。






ただ、これを実現するためには
いくつもの大きなハードルを越えなければならない事も忘れてはなりません。


現在の野球協約では
新規参入するために、まず30億円のお金を必要とします。
(NPBへの預かり保証金25億円+野球振興協力金4億円+加入手数料1億円)

球団を持てば、年間で少なくとも100数十億円の費用がかかります。
もちろん売上げも100億円単位ではありますが、多くの球団が毎年40億円程度の赤字を出しており
殆どは親会社の「広告宣伝費」扱いで資金を供出してもらっているのが実情です。


アベノミクスによる経済効果で景気は右肩上がりなどと言われておりますが、
それにしてもここまでの費用を負担できる企業が国内にどれだけあるのか・・・



この点に関しては、今回の案が政府に上がって本格的な検討をされる段階で
きちんと考えてもらわねばなりません。





次に考えられるのが、既存球団からの猛反発でしょうか。

はっきり言えばセリーグ球団からの反発となるでしょう。



セリーグには巨人・阪神という超人気球団が2つ有ります。

ホームゲームでこのチームと対戦すれば、自ずと観客動員数は上がります。

現在行われている「セパ交流戦」にセリーグが消極的なのも、ここに理由があるからです。

ドル箱カードをみすみすパリーグに与えることになるわけですから、
そりゃあ反対もしたくなるでしょうねぇ。



また、プロ野球の試合をメディアで放送する場合、局側は「放映権料」を支払うことになるのですが、
そのお金は全部試合を主催する球団に入ります。

なので、人気カードを手放してしまうと、余計球団への収入が減りますし、
人気球団側からしても不人気(とセリーグ側が勝手に思っている)のパリーグとの試合より
セリーグ同士の試合を好むわけです。


この辺などは、MLBに倣ってNPBが一括で放映権料を管理し、
各球団に均等に分配するなどのシステムを作る必要があると思われます。
でも、それも反対するんでしょうが・・・






そして、もう一つ大事な事が



日本プロ野球全体のレベル低下です。



球団を増やすということはエクスパンションドラフト(新球団に対して、既存球団から選手を供出する)
を行うことになるわけですが、選手層が薄くなるわけですから技術レベルの低下を危惧せざるを得なくなります。


私的には、これが一番の問題だと思っております。



単純に考えれば、ただでさえMLBに有望選手が流れていく上に
既存の選手も新興球団に獲られるのですから、普通に考えればレベル低下を恐れるのも止む無しかと。




でも・・・

でも、ですよ

野球界の更なる発展を真剣に考えれば、
現状維持や減少の論理よりも拡大の方に舵を切るのが自然な流れとも私は思えるのです。


ここは、是非サッカー界を見習いましょうよ。


’93年にJリーグが発足

当初はJリーグとJFLのみだったのが、今ではJ1を始めとしてJ2・J3など多くの下部組織を抱え
サッカー人口があっという間に増えてきております。

それと共にサッカーの技術レベルも上がってきているではないですか。

JリーガーやそのOB達が一所懸命に次代を担う子供達の育成を行っているからこそです。



野球界も今更ながらではありますが、「侍ジャパン」の常設化を謳い始めると共に
次代を担っていく子供達・若者達の育成に乗り出そうとしております。

MLBで貴重な経験を積んできた方々に大いに協力してもらおうではありませんか。
今、その動きが見えているのは野茂くらいなのが寂しいところです



また、NPBとアマチュア野球が本当の意味での垣根を取り払う事が大切です。

つい最近まで、NPBとアマチュア野球界には大きな壁が存在しておりました。

1961年に起きた所謂「柳川事件」が発端となり、プロとアマの交流が断絶したためです。
wikipedia「柳川事件」参照


しかし、野球人気低下が叫ばれ続けている昨今の状況を鑑みれば、
もうそんなチンケな事なんて言ってられないんじゃないの?って一ファンとしては言いたくなります。


16球団化が実現となった場合、確かに当初はレベル低下を感じざるを得ないでしょうが、
下部組織作りをきちんと行っていけば、早い時期でのレベルアップも十分に可能だと
私は感じております。
四国などの独立リーグや社会人野球の下部組織化など、手を付けられるところは色々とあるはず・・・





ここまで好き勝手に然したる根拠のない持論を勝手に書き殴って参りましたが、
所詮は、きちんとした「経営」に携わった事などないど素人の戯言に過ぎないのかも知れません。

自民党が人気取りのためにぶち上げた提言にまんまと乗っかっているだけなのかも知れません。

現にこの話題が持ち上がってからも、政府も真剣に取り上げる感じもなく、
NPB側(特にセリーグ)も殆ど相手にしていないという空気を強く感じます。




だけど、一野球ファンとしてはせっかくの提言なんですから
まずは乗っかってみて議論してみるのもいいのかなぁ、なんて思ってるんです。

最初はダメ元でも、徐々にでも気運が盛り上がれば、いずれ近い将来には・・・

なんてこともあるかもしれませんしね^^



野球やスポーツがお好きな方なら、それぞれにご意見もお有りのことでしょう。


曽根風呂野球有識者の皆様方、如何なもんでしょうかねぇ?。。。



*************************************

一部の方へ業務連絡及び報告



首都圏に遅れる事2日

先週19日に無事下記のモノをGET致しました^^



CIMG3203.jpg

仕事中に訪れた登別のセブンで一気にコンプ^^v

それにしても、2日も遅れて発売とは・・・

やっぱ北海道って田舎だなぁ^^;

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野球を冒涜しないで下さい [野球]

20代半ばの頃、当時の上司の結婚披露宴で余興を頼まれ
250人の参列者の前でジャイアント馬場さんのモノマネをさせられた銀狼でございます^^;
それもプロレスラーっぽくという事で、ショートタイツ1枚で・・・(汗)


え?

もう、この歳でそんな事は出来ませんよぉ~^^;

24歳にもなって(嘘爆)

あれ?計算合わない(笑)




なんて、おバカな書き出しから始めましたが、
実は私は怒っているのです!



熊崎コミッショナー.jpg


こちらの御方は、NPB(日本野球機構)の熊崎コミッショナー

2年連続で噴出した「統一球問題」に関して、謝罪会見を行った時の模様です。



しっかし、昨年あれだけの事が起きたにも拘わらず
またしてもこのような問題が起きようとは・・・(呆)


開幕前に非公式でボールの検査を行い、その時は大丈夫だったと申しておりますが、
今になってから「昨年よりボールが飛ぶようになってました」って言われてもねぇ・・・(-_-;)



ボールが飛んだほうがいいとか飛ばない方がいいとか
そういう事を論ずるつもりは一切ありません。



あえてこういう言い方をしますが、
こういった「くだらない」問題は昨年で終わりにしてもらいたかった。

その一言です。




使用メーカーとの契約の縛りがあって簡単に変えられないのは判りますが、
昨年あのような問題が起こったのであれば、なぜすぐに「コンペ」を行わなかったのか?


開幕前に非公式ではなくて公式の検査を行い、
「今年のボールの状況はこのようになってます」という報告があって然るべきではなかったのか?


報道ステーションで解説の工藤氏も語っておりましたが、
統一球に問題があったとの報告会見をなぜ各球場で試合が行われている最中の
午後7時に行う必要があったのか?


解せない事が山ほどあります。




もし、開幕前の検査で「昨年よりボールが飛ぶようになってしまいました」という事が発覚し、
それが発表されたとしても、多分多くのファンの方々はあまり怒らないと思うのです。

今まで12球団がバラバラにメーカーと契約してボールを採用していたのを
きちんと統一した基準のモノを使いましょう、というのが本来の主旨であって
飛ぶか飛ばないかは二の次だと私は思っております。
投手には迷惑でしょうが、ボールが飛ぶ方が喜ぶファンも多いでしょうし



ボールの質がどうだとかいう事よりも、我々ファンは



面白いプロ野球が見たいんです!




リーグ再編問題や統一球問題等、

実際にプレイをしていない連中に振り回されている我が国のプロ野球界



NPBや12球団のお偉いさんや一部メーカーのためだけにプロ野球があるのではないのです。





必死にプレイしている選手達


それを必死に応援している我々ファン



その存在を完全に置いてけぼりにしてませんか?



ボールが飛ぶようになっているのなら、それにアジャストすべく
選手達は身体を 技を 心を鍛え上げてシーズンに臨むのです。

そして、我々ファンもそれにアジャストして、選手達のプレイを楽しませてもらうのです。



MLBにばかり人気選手が流れていってしまうと嘆いている関係者もあるのでしょうが、
まず自分達の根本から見直さないと。。。


1994年~95年にかけてMLBでも大規模なストライキが断行され、
そのおかげでファン離れが叫ばれるようになりました。

しかし、MLBは離れて行ったファンを取り戻すべく努力を致しました。
収益分配制度やドラフトなどでも球団間の格差を少なくするべくルールを整えております。



しかし、我が国のプロ野球の姿ときたら・・・



NPBと12球団のオーナーの方々は、
日本プロ野球の人気低下が誰のせいだと思っているのでしょうか?


一度じっくり鏡を見た方がいいと思いますよ。


一度じっくり自分の胸に問いかけた方がいいと思いますよ。




あなた方が野球に対して真摯に向き合おうとしていない中でも、
選手達はこうして一所懸命に我々ファンに感動を与えてくれている事を忘れないでください。。。



西川サヨナラ打.jpg
我がFsサヨナラ勝ちで何とか貯金1に戻しました^^





前回の記事では、たくさんのお祝いコメントを頂き本当にありがとうございました!^^

ブログ改装工事で疲れたので記事書かないでおくかなぁと思ったけど、結構ダラダラ書いてしまいました^^;

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両雄 並び立つ。。。 [野球]

いきなりですが、訳の判らない画像をちょっと。。。



DSC_1265.jpg

決して雪祭りの雪像ではありません(笑)

私の相棒を停めている駐車場にある車なのですが(E46型BMW)
昨年末からずっと停めっぱなし。

数ヶ月間 積もった雪すら降ろしていないんで、この有様です^^;

FRだから冬は乗りたくないってのは判るんだけど、
せめて雪くらい降ろせばいいのになぁ。。。

などと要らぬ事を思っているクルマ好きの銀狼でございます^^;




さて、今回のお題は時期を外してしまったので、お蔵入りにしようかと思ったネタだったのですが、
違う形で挙げてみることに致しました。




イチとゴジ01.jpg


なんかこの画像見ているだけでニヤけてしまうのは私だけ?^^;


巨人に次いでの古巣巡りでNYYのキャンプにて臨時コーチを務めた松井。

期間限定ではありましたが、ついにイチローと同じユニフォームを着る事が叶いました^^☆


イチとゴジ02.jpg

イチとゴジ03.jpg


マスコミがそういうシーンばっかりピックアップしたせいもあるんでしょうけど、
まぁとにかく二人で楽しそうに野球やってる場面が多くて、
野球ファンとしてはやっぱり嬉しくなっちゃいます^^



私としては、一度は二人に同じユニフォームを着て戦って欲しかったという思いがあったので、
松井が現役を引退してしまったとはいえ、こういう場面を見ることが出来て感無量なのです。

一緒のユニフォーム=日本代表として一緒に、という思いだったのですが、
名門NYYのユニフォームであれば文句のつけようがありません^^;



1973年生まれのイチローと1974年生まれの松井

日本でレギュラーをとった年がくしくも同じ1994年

1996年には主力として、日本一の覇権争いを行い

2001年にはイチローがSEA入り 2年後の2003年には松井がNYY入り

イチローはMLB日本人初のシーズンMVPに輝き

松井はMLB日本人初のWシリーズMVPに輝く




年齢のみならず、プロでの球歴も似たような歩みをしてきた二人


本人同士がどう感じているかなど関係なしに、否が応にも常に比較対象の存在であった二人



MLBでも名を残したJAPANESE LEGEND同士ともなれば致し方ないのでしょうが、
好き嫌いは別にして意識するようにもなり、それなりの距離感もあったのではないかと思うのです。



それが、お互いに40代となってようやく心から打ち解けあえたのではないだろうか・・・

なんて事を勝手に妄想しながらスポーツニュースを観ておりました^^;




まぁ、松井が引退して比較される存在ではなかったからかも知れません。

もっと若い年齢であれば、同じユニフォームを着てももう少し距離感があったのかも知れません。



『今』だったからこそ、笑顔で両雄が並び立つことが出来たのだろうかと。。。






1960年代~70年代

私が幼かった頃、日本のプロ野球には二人の大スターがおりました。



ON.jpg


長嶋さんと王さん


お二人が現役を辞めても、良きライバルであり 良き理解者同士でありました。


ON2.jpg


ON3.jpg



元祖LEGENDであるお二人を見て育ってきた私としては、
次代のLEGENDであるイチローと松井も程よい距離感の中で良い関係であって欲しいなぁと
思っておりましたので、今年のNYYのキャンプの様子を見て何かホッとさせられましたね。。。



ただ、気になっているのは・・・

この2人の後に続いていく存在は誰になっていくのか?という事。



現在の日本球界でも、それなりのスター「候補」はたくさんおりますが、
「真の」スターとなると、マー君がNYY入りしてしまった今 皆無に等しいように思うのです。

今年のNYYのキャンプの様子を改めて見てみましょう。


イチとマー.jpg
イチローとマー君


ゴジとマー.jpg
松井とマー君


黒田とマー.jpg
黒田とマー君


イチと黒とマーとジーター.jpg
見づらいですが、イチロー・黒田・マー君にジーターの豪華そろい踏み!


野球ファンの方であれば、これらの画像を見て少なからずワクワクさせられるのではないかと。。。^^
この他にNYYキャンプには元Fsの建山もおります

野球界の銀河系軍団であるNYYにこれだけの日本人がいるなんて
ホンの数年前までは考えられませんでしたから、まるで夢のような出来事です。



でも、日本のキャンプの映像・画像を見ても、
ここまでワクワク感は正直なところ湧いてこないでしょう。。。

贔屓のチームのことになれば別かもしれませんが・・・





これと同じようなワクワク感を感じさせてくれる存在は誰になっていくのか?




ONのお二人やイチロー・松井を始めとして
その時代時代の球界を賑わしてきたスターは数多くおりましたが、
私の勝手な持論として「球界を代表するスターは打者の方がいい」のではないかと思っているのです。


年間100数十試合行われるプロ野球の試合ですが、毎日毎日球場に行ける人なんて殆どいないはずです。

ようやく観に行くことが出来た日に、お目当てのスターが出なかった・・・

こういうご経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

スターの投手がお目当てであれば、出番は1週間に1回しかありません。
リリーフ投手なら毎日の可能性もありますが・・・



そういう点では、常にスタメンに名を連ねる事が出来る打者が球界を代表するスターである方が
より多くのファンを喜ばせる事が出来るのだと思います。



その存在になれる可能性が一番高いと思われる人は・・・





中田翔だ.JPG


完全に手前味噌になりますが(苦笑)、
やはり我がFsの主砲・中田翔なのではないかと。

昨年の活躍ぶりで、ようやくそのスタートラインに着く事が出来たように思うのです。

ただし、本当のスターを目指すのであれば、
彼に大切な事は「青少年の見本になれる存在であるかどうか」だと感じます。

ヤンチャ坊主キャラもいいですが、そこから更に一皮剥ける事が出来れば
「真の」スターと呼ばれる存在になれるのではないでしょうか。

聖人君子である必要はないですが、ヤンチャっぷりで威厳を保つのではなく
プレーぶりや普段の何気ない立ち振る舞いでオーラを放って欲しいのです。




そして、もう一人手前味噌を(笑)



翔平だ.JPG


まだまだスタートラインにも立てておりませんが、
今年 二刀流が本格的に成功するようであれば、きっと。。。

な~んて贔屓目で勝手に思ったりしちゃってます^^ゞ



レギュラーが確約されていない状況であっても、オーラを放ち続けているイチロー

久々のグラウンド復帰で日米を喧騒に巻き込んだ松井の存在感



まだまだ時間はかかるでしょうが、
1日も早くこの2人に次ぐ存在が現れることを一野球ファンとして切に願うと共に
そのスターが現れる過程を見届けられる事を楽しみにもしておりますよ。。。^^


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半泣きとマジ泣き [野球]

このところ、すっかりブログをサボり気味の銀狼でございます^^;


盆休み前から、この状況となる事は判っていたのですが、
まぁ 何やかんやと落ち着かない事が多くなってきまして・・・;^_^A


そんな状況ではありますが、今回は触れておきたい話題が出ましたので、
ちょいと簡単に(当ブログ比)記事を挙げてみようかと思います^^






いやぁ、それにしても大したもんです!


イチロー4000本03.jpg


日米通算で4000本のヒットを積み重ねたイチロー

まさに”偉業”ですねぇ!^^


イチロー4000本02.jpg




達成直後はクールに決めていたイチローですが、
チームメイトや球場全体の祝福の雰囲気を感じ、さすがに表情が崩れました^^

イチロー4000本01.jpg

試合後の記者会見ではイチローらしくない「半泣きになりました」というコメントまで^^




正直なところ、「日米通算」という表現にずっと違和感を覚えている私なのですが、
MLBで既に2700本以上のヒットを重ねているイチローとなれば、
その違和感を取っ払うに十分なほどだと思っております。

元はと言えば、「日本プロ野球名球会」なるものがMLBへ行ってしまった選手を
会員にさせたいがために始まった「日米通算」という数え方
現在の名球会に存在意義を感じない私としては、日米通算の表現は違和感以外の何物でもありません。
これを語ると長くなるので、また別の機会にでも・・・



全盛期のような打撃力はもう期待出来ないかも知れませんが、
40歳のシーズンを迎えても、名門NYYのレギュラーを張っていられるのは、本当に凄いの一言です。

MLB通算で3000本安打を達成出来れば、米国の野球殿堂入りも間違いないでしょう。

かつて千葉ロッテにも在籍していたフリオ・フランコのように
50歳近くになってもMLBでプレー出来た野手もおりますので、
イチローもそこまでいけば、本当に5000本も夢ではないかも。。。^^
フランコの本当の年齢が不詳なのですが(汗)


とにもかくにも、おめでたい!!!^^


イチロー4000本04.jpg
上手い具合にTOR戦だったので、一番弟子を自負する川崎もその場にいられたのが良かったなぁ。。。






「半泣き」の後に、私的に「マジ泣き」の話題を。。。


中田翔骨折01.jpg


ここに来ての、中田翔の離脱はなんんまら痛いっしょ~(T_T)


21日の楽天戦の第1打席で左手甲に死球を受け、
左第5中手骨の亀裂骨折となってしまった我がFsの不動の4番・中田翔。


今季絶望との話も聞こえてきております。。。orz

中田翔骨折02.jpg


苦しいシーズンが続いている今季のFsですが、
中田翔の存在は本当に大きく頼もしい物となってきたのに。。。

初のシーズン30HR超えや初タイトル(HR王)も見えてきていただけに
個人的にも痛いですし、チームとしては痛いなんてもんじゃないです(号泣)



ただ、そんな中でもチームは中田翔の分まで!
と言わんばかりに首位・楽天に3タテを食らわし、勢いがついてきました^^


まだまだ苦しい状況ではありますが、何とかCS出場を決めてもらい、
大きな舞台で中田に復帰してもらおうじゃありませんか!


主砲不在の今こそ、Fsらしい全員野球を見せる時でしょう!!!





てな感じで、久々の更新記事を挙げましたが・・・


冒頭に申し上げました通り、ちょっと落ち着かない状況が続くので、
しばし更新をお休みさせて頂きます。

また、皆様のところへのご訪問もなかなか出来ないと思われます。
何とか足跡だけでもつけて回りたいと思っておりますが・・・


いつもご来訪頂く、皆様方には大変申し訳ありませんが、
ご了承下さいますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。。。<(__)>


と言いつつ、気分次第で更新するかもしれませんが^^;

今回はコメント欄も閉じさせて頂きます。
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NYからの贈り物 [野球]

移動の車中で一人カラオケし過ぎて、
また喉が痛くなってきた銀狼でございます^^;
唄い過ぎだっちゅうの(苦笑)



前回の更新記事では、たくさんのお祝いコメントを頂き、
本当にありがとうございました^^

で、その記事にて「ガラナって、どんな飲み物なんだべ?」
ってコメントも多く見受けられまして。。。
意外と知られてなかったんですねぇ^^;



基本的に見た目はコーラと変わりありません。


味の方はと言いますと、ドクターペッパーに近い感じ?・・・

ドクターペッパーよりも薬くさいといいますか・・・

40代後半以上の方ならお判りだと思いますが、
かつて売られていた「ミスターピブ」を美味しくしたような感じ、と言えば伝わるかなぁ。。。

ってか、この表現だとあまり美味しいとは思わないですよね^^;

でも、一度飲んでみて頂きたいですなぁ。。。^^



まだまだガラナについて書きたいところなのですが、
本題に辿りつかなくなりそうなので、この辺にしておきます^^;




さて、今回の本題はこちらの方!



松井NY04.jpg


既にご存じの方も多いと思いますが、日本時間の29日にNYのヤンキースタジアムにて、
我らが松井秀喜の引退セレモニーが催されました^^


松井NY05.jpg




セレモニーでは”夢の”顔合わせが多く見られました^^


松井NY03.jpg
久々に同い年の「親友」であるD・ジーターと


松井NY02.jpg
これまた同い年の黒田とも握手
ついにはMLBの舞台での対戦が叶わなかったのが残念(涙)


そして・・・

松井NY01.jpg
イチローとはベンチ内での接触のみ

でも、イチローらしいさりげない配慮ですね^^

この日の主役はあくまでも松井
イチローとのツーショットを日本のマスコミは期待したのでしょうが、
これはこれで良かったのだと思います。

”1日限りのチームメイト”になっただけでも、
我々日本の野球ファンにとっては嬉しい事じゃないですか^^



そんな松井ですが、

MLB通算で実働10年 1253安打 175本塁打

ヤンキースには7年所属していたわけですが、
この数字だけを見れば、引退セレモニーを開いてもらえる選手ではないです。




では、なぜ松井がここまでの扱いを受けるのか?・・・




今更ながらですが、NYのファンはヤンキースが大好きなわけです。
メッツもありますが、やっぱ人気面ではヤンキースには叶わないでしょうか

だからこそ、ヤンキースの勝利に対しては日本のファンよりもシビア
巨人や阪神の比じゃないと言われておりますね

チームの勝利のためにどれだけ貢献しているかで反応が大きく変わります。



速い球や凄い変化球を投げられれば、それでいい

たくさんヒットやHRを打てば、それでいい


そういう選手は望んでいないのがNYのファン



先程の画像でも出てきましたD・ジーター

19年もの長い間「NYのプリンス」と呼ばれている彼
MLBを代表するスーパースターです。


しかし、ジーターが獲得した個人タイトルは新人王のみ

首位打者などの打撃タイトルとも無縁ですし、
シーズンMVPの獲得経験もありません。


だけどもNY中から愛される存在に。


それは、彼がヤンキースが目指す野球を体現し続けているからに他なりません。


チームが勝つためには何が必要かを常に考え続け

そのための自分の役割が何かを常に考え、全力で実践し続け

紳士でなければならないと言われるヤンキース選手の中でも最も紳士と言われ


そのどれもを高次元で見せ続けているからこそ、人気がここまでのモノになっているのでしょう。



そして、日本から来た松井秀喜にも
ヤンキースの関係者とNYのファンはジーターと似たような印象を抱いた。


それが、今回のセレモニーに繋がったのだと、私は感じております^^


2003年の渡米当初
我々日本人ファンとしては、松井には40本以上のHRを打って
MLBでも本塁打王を!と期待をしておりました。


でも、流石の松井をもってしても、シーズン31本が最高

日本が誇る長距離砲もMLBの壁は厚かった・・・

と思いましたが、松井自身としてはHRの拘りを捨ててでも
チームの勝利への貢献に より拘ったのです。



日本時代はあまり注目を浴びなかった「クラッチヒッター」としての存在感を示しました。


そして、常に名門球団の一員として恥ずかしくない紳士然とした態度

マスコミが大挙して迫ってきても、毎試合嫌な顔一つせずに応対する姿に
MLBの関係者やアメリカのマスコミは驚きと尊敬の眼差しを送るようになるのです。



こうして、松井本人が意識しなくても
松井秀喜は「真のヤンキー」として受けいれられるまでに^^


異国の地からやってきた「真のヤンキー」は他球団に移ってもNYから愛され続けます。


そして、引退を迎える事になり、
ついにはNY中から最高の贈り物が贈られました^^


松井自身の表情やコメントを見聞きすれば、
彼にとって「最高の贈り物」であった事は一目瞭然でしょう。



まずは このセレモニーにて、本当に一区切りがついたようです。


我々としては、どうしてもすぐに次の道を好き勝手に模索してしまいがちですが、
ゆっくりと しっかりと充電して欲しいものですね^^


野球界に戻ってくる時は、既成の枠に捉われない形での存在感を見せて欲しいなぁと
私は願っておりますよ。。。^^


松井秀喜さん、本当に本当にお疲れ様でした!^^


松井NY06.jpg
松井のお母さんって、初めてまともに見たような気が・・・









最後にもう一つ

松井さんのセレモニーの話題の裏で、日本球界でも名選手の引退の話題が・・・



ホークスのエースとして、
またダルビッシュと並び2000年代最高の投手と私が勝手に思っている斉藤和己

斉藤和巳.jpg
斉藤が判らない方でも、スザンヌの旦那さんと言ったら判りますか?^^;

6年間一軍で投げられないままのリハビリは辛かった事でしょう。

最後も斉藤らしい感情を剥き出しにした会見が印象的でした。

まさに太く短くというプロ生活でしたが、本当に凄い投手だったと思います。





我々オジサンの希望の星であった山崎武司

山崎武司.jpg

若い頃から豪放磊落なキャラで「球界のジャイアン」と言われた事もありましたが^^;
40歳を越えてから、更に覚醒したのは本当に凄い事でした。

思えば、松井秀喜の初HR王を阻止したのは、この山崎でしたねぇ。



ホークスのエースとして

イーグルスの主砲として

Fsファンの私としては、本当に嫌な存在でしたが
その一方で実力とキャラクターは認めざるを得ない存在感を放っていた二人


力もあって個性も十分あった二人が球界からいなくなってしまうのは寂しい事です。。。


二人とも本当にお疲れ様でした。。。



次回更新は8月3日予定。お題は・・・まだ決めてません^^;
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「宴」と「戦」 [野球]

久々にデスクの角に足の小指をぶつけて、しばし悶絶していた銀狼でございます^^;


しっかし、何で決まって足の小指をぶつけるんでしょうねぇ~。

急いでいたので注意力が散漫になっていたんでしょうけど、
あれはホントたまったもんじゃありません^^;


さてさて、そんな痛みを忘れるためにも記事を書くのに没頭する事に致します(笑)




今更ながらですが、プロ野球オールスターゲームの総括でも致しましょうかねぇ^^;


今年のオールスターはルーキーや初出場選手が多かった事もあって
当初からフレッシュなオールスターだと言われておりました。


そんな中、一番の話題をさらったのは
やはりこの人と言っていいでしょうかねぇ。。。




球宴01.jpg


我がFsが誇る黄金ルーキー・大谷翔平です^^

すっかりピースも様になっております(笑)



彼は、いきなり初戦から魅せてくれました!


球宴07.jpg


先発田中マー君→Fsのエース格・吉川の後を経て、投手として初登板

最速157km/hの快速球を武器に、セリーグの並み入る長距離砲を手玉にとってくれました^^




そして、打の方でも印象深い活躍を。。。


球宴02.jpg


まぁ、このシーンはFsファンとしては心からスカッとさせてもらいましたよぉ!
セの投手を見れば、その意味はお判りですよね?^^



そんなこんなで(端折り過ぎですね 笑)、
3試合を通じて一番印象深い活躍をした選手っちゅう事で車まで貰っちゃいました^^

球宴08.jpg
まだ免許持ってないのにねぇ(笑)



テレビ各局も「まさに大谷のためのオールスター」みたいな事まで言っておりましたね。



確かに大谷も期待以上の活躍を見せてくれたのですが、
今年のオールスターは私的に久々に心から楽しめたような気がしております。


年に1回のプロ野球界の「お祭り」


それを改めて実感させられたような気がするのです。




ただ、一部マスコミの論調では、それを「良し」としない意見をお持ちの方も見受けられました。


かつてのオールスターは、もっと威厳や緊張感があった。

今年のオールスターは悪ふざけに近いモノも見られて、価値が軽くなった。



まぁ、このシーンを指して仰っているのでしょうね。


ウチの中田翔vs高校の後輩である阪神・藤浪の対決で起きた、例の「超スローボール」劇です。

球宴03.jpg

球宴04.jpg



二人の先輩である阪神・西岡が企画・立案した超スローボール
キャッチャーであった中日・谷繁が脚色を加えて、更にもう1球
それに対して、中田翔が怒ったフリをしてマウンドに・・・


こんな「茶番」を行うような場所じゃないと。。。


でも、私は全然不快に感じませんでした。

というか、なまら面白かったんですがねぇ。


先程も書いた通り、これは「お祭り」の中だから出来る事なのです。


で、ただの「お祭り」事では終わらせなかったのですし。


球宴05.jpg


超スローボールの後は、藤浪がイキのいいストレートでドンドン攻め込み
中田翔もそれに対して全力フルスイングで応える。
結果は三振ででしたが・・・^^;


お遊びの後に、きちんとプロとしての力勝負を見せてくれたのですから
全く茶番ではないでしょう。



スローボールと言えば、この人も。。。

球宴06.jpg

”ハマの番長”こと横浜DeNAの三浦大輔が
ウチの中田翔や大谷をこの超スローボールできりきり舞いさせたわけです。
あ、内川もそうでした


傍目から見れば、オチャラケたような山なりのボールですが、
三浦の凄いところは、それをキチっとストライクゾーンに決めていた事。

前述の藤浪はストライク入りませんでした。

緩い球をきっちりストライクゾーンに決めるのが、どれほど難しい事か。。。

それをいとも簡単にやってのける三浦には「プロの技」を見せてもらったわけです^^



遊び心を持たせながらも、その実はプロの力や技をしっかり披露してくれたのですから、
ファンとしても大満足なシーンだったと思うのですが・・・






オールスターゲームを日本語で例えると「球宴」

要は「宴」なわけです。



ここに出られるのは、本当に名誉な事ですが、
せっかくの1年に1度の「宴」なのですから、こういうプレイもまた楽しいものだと私は思っております。


セパ交流戦が行われるようになって以来、
オールスターゲームの存在意義自体を問う声も上がっているようですが、
今回 選手達が示してくれたモノがその答えだったような気がします。



確かに交流戦でセとパの対決が行われますので、新鮮味には欠けますが、
交流戦や通常のリーグ戦のような「戦」の場では見られない
「宴」ならではの真っ向勝負や技の応酬に別な視点でのプロの醍醐味を感じられると思うのです。


まさに選手とファンが一体となって楽しむ「お祭り」であり「宴」


今年のオールスターは、それが強く感じられて本当に面白かったですし、
オールスターの楽しみ方を改めて再発見させられたと感じております。
ただ、3試合は多いかも^^;



皆さんは、今年のオールスターをどう思われましたか?・・・



え~、後半戦開幕の話題を書こうと思ったのですが、Fsが負けたのでスル―しちゃいます(爆)

次回は28日更新予定。聖子ネタで臨みます^^ゞ
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これ以上 プロ野球界を貶めるな! [野球]

週明けの17日月曜日

出社して「さて、また1週間が始まるな」と思い、席についた途端にいきなり鼻血が(汗)

そして、お昼過ぎには知らぬ間に右手小指を怪我していたようで、突然流血(汗)


何かとお騒がせな月曜日を送っていた銀狼でございます;^_^A



まぁ、まだ血の気が多いんだから
少しは減らした方がいいっちゅうことなんですかねぇ(苦笑)





さてさて、血の気と言えば
久々に私的にはらわた煮えくりかえる出来事がありましたねぇ。。。







加藤C.jpg


NPB(日本野球機構)の現コミッショナーである加藤良三氏


この方を中心に日本のプロ野球界が激震に揺れているのは
もう皆さんもご存じの事でしょうか。





加藤コミッショナーの肝いりで導入された「統一球」

この統一球が無断で変更された問題に関しては、
もう各メディアで色んな報道がされておりますので、ここでは詳細は割愛致します。



ただ、私としてはこの件に関しては言いたい事が山ほどあります。




まず、第一点目として

加藤コミッショナーは統一球の基準が今季から無断で変更された事に関して
「自分は知らなかった」の一点張り。


本当に知らなかった事なのか

それともコミッショナー自らが率先して隠ぺい工作を図ったのか



今はあえてそこを論じるつもりはありません。

まぁ、コミッショナーが言う通り「知らなかった」と致しましょう。



私としては隠ぺいを図るより、
日本プロ野球界の最高責任者であるコミッショナーが
こんな重大な事を「知らなかった」事の方が問題だと思うのです。


NPBのガバナンスは一体どうなっているのか?


こんな大事な事をコミッショナーの承認なしで遂行されているとすれば・・・


もう呆れてモノが言えませんね。


加藤コミッショナーは「知らなかったから責任はない」ではなく、
「NPBの統治能力は全くないんです」と暴露したようなモノなわけですから、
それの方がもっともっと恥ずかしいという事を気づいていないんでしょうか?



だからこそ、「隠ぺい」だろうが「知らなかった」だろうが
どっちにしても加藤コミッショナーの責任は問われて然るべきでしょう。


自らの肝いりで導入した「統一球」の事すら知らない人に
日本プロ野球界をお任せするわけにはいきません。


即刻退場願いたいと、私は強く思う次第です。



コミッショナーの権限の中には
重大な問題を起した選手を球界から追放できるというモノまであります。

これだけの問題を引き起こした張本人なわけですから
ご自身を追放して頂くのが筋というモノではないでしょうか。






そして、もう一つ

この問題はコミッショナーの責任・NPBの責任だけではないと思っております。

12球団のフロント(特に各オーナー)にも大きな責任を感じて頂きたい。



今シーズンが開幕してから間もなく
「昨年までより統一球の飛距離が伸びたのでは?」という話題があちこちで聞かれるようになりましたが、
12球団のどのチームも特に問題にもせず、スル―し続けていたわけです。

そして、問題が発覚してから騒ぎだしても遅いわけで。。。


12球団の代表者で結成されている「実行委員会」などで
すぐに取り上げるべきだったのではないでしょうか?

そういう行動を起こさないでいて、
コミッショナーやNPBに全て押し付けないようにして頂きたい。




また、コミッショナーの選任は12球団のオーナー会議で決定されるわけで、
各オーナーにはコミッショナーの任命責任が生じる事になるのです。

現時点でどの球団のオーナーからも明確なコメントが出ていないようですが、
決して人のせいにせず、自らを戒める気持ちを持って頂きたい。




更にコミッショナーの選任に関しては
以前から大きな問題があると感じておりました。


コミッショナーをオーナー達の承認で決めるというシステムは
NPBもMLBも同じなわけです。


でも、NPBに関してはコミッショナーの存在は「お飾り」みたいなモノ

各オーナー達(というか一部球団のお偉いさん)の思い通りになる
操り人形を選んでいるだけに過ぎません。



これこそ、本当に大きな問題ではないのでしょうか?




ハッキリと言わせて頂きますが、
私的には今まで自分がプロ野球界に興味を持つようになって以来、
まともなコミッショナーを見た事がありません。


先代の根来コミッショナーが就任される前までは
完全なる「お飾り」としてコミッショナーに何の権限も与えられていなかったのです。
(最終決定権は「オーナー会議」にあったのです)


ですから、まともな仕事など出来るはずがありません。


そんな中でも、仕事ぶりが評価されていたのは
'70年代末~’80年代前半に着任されていた下田コミッショナーぐらいではないかと。。。

最高裁判事を退任後、
あの「江川事件」の後にコミッショナーに就任

まずは事件の収束に尽力されました。

その後も野球場の国際基準化の提唱やフランチャイズの全国分散化の提唱など
現在のプロ野球に繋がる意見をどんどん出されていたのを憶えております。



先代の根来コミッショナー時代に、あの「プロ野球再編問題」が起き、
それによって、ようやくコミッショナーの権限拡大が実行されるようになったわけですが・・・

現在の加藤コミッショナーが行った事と言えば

*2011年の東日本大震災の直後に、通常通りの日程で開幕させようとした
 (その後、世論の大きな反対を受け、開幕を遅らせるという事に)

*国際基準に合っていない「統一球」の導入

*WBC参加問題に関して、コミッショナー自らが何も行動を起こさなかったにも拘わらず
 選手会が大会収入の大半がMLBへ流れる仕組みを良しとせずに「WBC不参加」を表明したところ
 「参加すべきだ」と言い放って選手会と対立。


ただただ混乱を生じさせることしかしておりません。。。





とにかく今回の件を良いきっかけとし、
プロ野球界も本当の意味での改革に乗り出すべきではないでしょうか。


新しいコミッショナーを選ぶ際は、オーナーの意見のみで進める事なく
第三者の有識者などの意見を仰ぐ事も必要になってくるでしょう。

そして、MLBのように本当の実行力・行政力を持たせた
「真の」コミッショナーたる地位にするべきです。





各球団のオーナーの方々や東京の某球団の会長さん

プロ野球界は貴方がたの所有物ではありません。


早く我々ファンに返して下さい。


でないと、ますます日本プロ野球界人気が低迷するばかりではないかと。。。






ちょっと怒りのあまり重たい内容となっちゃいましたので、
最後にどうでもいい事を^^;


月曜に外勤で車を走らせていたところ、前を走っている車が妙に気になって。。。



北見ナンバー01.jpg


この写真だけじゃ何の事か判りませんよね^^;


前を走るFITをトリミングしてみましょうか^^


北見ナンバー02.jpg



おぉっ!何と「北見」ナンバーではないですか!^^

って、それでも判らない人の方が多いかも^^;


「北見」って我が北海道のオホーツク側にある街なんです。

たまに北海道のナンバーをつけて走っている車を見るのですが、
こっちに来てから「北見」ナンバーは初めて見たので、とりあえずパチリしてみました^^



まぁ、そういう私も札幌ナンバーの車で都内・首都圏を走りまわっておりますが^^;


札幌ナンバーのシルバーのオンボロサクシードを見たら・・・


それは間違いなく私が乗っております(爆)

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プロ野球背番号物語 【3番】 [野球]

端午の節句は過ぎましたが、
柏餅食べながらビールを飲める銀狼でございます(笑)


4カ月ぶりの帰省中という事もあり、
なかなか皆様のところへ満足にご訪問も出来ていない状況なのですが、
しっかり記事だけはUPしちゃいます^^;

帰札前にある程度下書き保存しておいてますので^^





さて、今回はプロ野球背番号物語を。。。


「ん?前々回でもやったばかりだろ!」
とお叱りを頂きそうですが、今日のこの日にこのネタを挙げるために
前々回に一度書いておいたわけです。


今回の背番号は・・・


『3番』



3番、とくれば、やはりこの方を思い起こさずにいられませんね^^




背番3 長嶋さん01.jpg


昨日5月5日に愛弟子である松井秀喜と共に国民栄誉賞を受けた長嶋茂雄さん。

”ミスタープロ野球”の称号は、この人のためにあると言っても過言ではありません。



では、いつものように長嶋さんの足跡を・・・


いや、今回は野暮な説明は不要でしょう。



野球に明るくない方でも、誰もがご存じの存在

プロ野球界の象徴


そんな方を私如きがグダグダ語るなんて恐れ多いです。



長嶋さんの存在感の凄さは
長嶋さんご本人に語ってもらいましょう。


と言っても、こんなブログにお越し頂けるわけもないので^^;


私が拾ってきた画像をご覧ください。

画像の数々が長嶋さんの凄さを物語ってくれますから。。。









背番3 長嶋さん00.jpg


空振りして この迫力

思わず息を飲んでしまうほど鬼気迫る表情


上記の画像でも凄い空振りですが、勢い余ってこんな体勢になる事も


背番3 長嶋さん07.jpg



空振りするという事は、要は失敗しているわけですが、
その失敗の場面ですら、我々ファンを魅了するのです。


長嶋さんより多くヒットを打った人は結構たくさんいます。

長嶋さんより打球を遠くに飛ばせる人もたくさんいます。

長嶋さんより脚の速い人はごまんといます。


でも、その一挙手一投足全てで魅せられる人は
現在の球界では見当たらないのでは?と思うのです。


背番3 長嶋さん03.jpg




陽性のキャラクターで知られた長嶋さん

時には、お茶目な表情もしてくれます^^



背番3 長嶋さん06.jpg



もう存在そのものが「太陽」みたいな方です。



とにかく攻・守・走 全てにプロフェッショナルの凄味を感じると共に
エンターテイメント性まで持ち合せている唯一無二の存在が長嶋さんなのです。



背番3 長嶋さん000.jpg



生涯成績
実働17年 2186試合出場 打率.305 本塁打444本 打点1522 盗塁190

素晴らしい成績ですが、どれもトップの数字ではない。

世界記録や日本記録の類とは、ほぼ無縁


それでも国民栄誉賞を頂けるのは、まさにその存在感あってのモノでしょう^^


改めて国民栄誉賞受賞おめでとうございます^^☆


これからも元気な姿で球界を見守り続けて頂きたいものです。。。^^


背番3 長嶋さん10.jpg




あ・・・


長嶋さんの事ばかり書いてしまって、他の背番号3番に全く触れていない(汗)

流石は球界屈指のスター番号である3番

数多くのスタープレイヤーが3番を背負っております。



まず最初に3番に光を当てたのは・・・

「青バット」で知られたこの方



背番3 大下.jpg

西鉄(現埼玉西武)や東急(現Fs)で活躍し、
巨人の川上の「赤バット」と共に球界を盛り上げた大下弘



背番3 千葉.jpg

右打ちの天才と言われ、長嶋さんの前に3番をつけていた「猛牛」千葉茂




そして、セリーグで長嶋さんが3番を輝かせていた昭和40年代
パリーグでは、この2人が3番をつけて大活躍しておりました。


背番3 長池.jpeg

阪急(現オリックス)の主砲としてチームの黄金期を支えた長池徳二
本塁打王を2回獲得した強打者です。



背番3 土井.jpg

高校を卒業して近鉄に入団し、すぐ4番に座り「18歳の4番打者」と騒がれた土井正博
太平洋クラブ(現埼玉西武)に移籍後も4番を張り続け、名球会入りも果たしております。




そして、忘れちゃいけないこの方



背番3 衣笠.jpg


2215試合連続出場の大記録(達成時点では世界記録)を持つ「鉄人」衣笠祥雄
偉大な記録を達成し、長嶋さんよりも先に国民栄誉賞も受賞しております^^

71年~引退する87年まで1試合も欠場しなかったというのは
本当に凄いとか言いようがありません。。。




ここからは皆さんの記憶に新しい人達が




背番3 清原.jpg

西武時代の清原和博と言えば「3番」でしたよね^^

FAで巨人移籍時にも長嶋さんから直々に3番の譲渡を言われたそうですが、
さすがに断ったそうです^^;



背番3 立浪.jpg

3代目「ミスタードラゴンズ」と言われた立浪和義
前述の清原のPL学園2期後輩でもあります。

今までご紹介した方々とは違い、派手な記録こそないですが
高卒1年目からレギュラーを張り、晩年は勝負強い打撃で代打の切り札として活躍しましたね。




清原の後に3番を受け継いだこの人も大活躍でした。




背番3 中島.jpg

今季からMLB挑戦中の中島裕之(現OAC)

こうして見ると、ライオンズの3番は大下⇒土井⇒清原⇒中島と
主砲・チームの顔に背負わせているのが判ります。




現役ではこの人が



背番3 松中.jpg

今のところ「最後の」三冠王である松中信彦(福岡ソフトバンク)

近年は故障がちのせいで数字が残せていませんが、
その存在感はまだまだ凄いモノがあります。
Fsファンとして相手にしていると、今でも怖いなぁと思うのです




スターであり強打者の称号と言ってもいいのが

背番号3



私はそう思っております。


まさにそれを体現していたのが長嶋さん。


愛弟子・松井秀喜とのセレモニーは本当に感動させて頂きました。

長嶋さんには野球の素晴らしさを教えて頂いたのですが、
師弟愛の素晴らしさも今回教えて頂いたような気がします。

また、愛弟子・松井の立派な姿を観て、
長嶋さんの教えてきた事の尊さを改めて感じさせられた思いです。




長嶋さん&松井.jpg

やっぱり、松井とW受賞で良かったと思うなぁ。。。


松井秀喜に関しては、NYYでの引退セレモニーの際に改めてとりあげたいと思っております。。。
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プロ野球背番号物語 【2番】 [野球]

5月の健康診断に向けて、少しは酒を控えておこうかな・・・

なんて思ってはみたものの、全く実践できていない銀狼でございます^^;


まぁ、せいぜい前日くらいは飲まないようにしておきますか(笑)





なんて事はさておいて

前回の記事で皆さんに温かいコメントをたくさん頂きましたので、
調子に乗って大好きな話題を思い切り書き倒します!(笑)

今回はしばらく忘れていたシリーズから「プロ野球背番号物語」をお送り致しようかと。

本当は連勝を重ね、調子が上向きになってきたFsネタをと思っていたのですが
その矢先になまらボロ負けしたのでやめました(苦笑)



00番~1番までお送り致しましたので、今回は「2番」となります。


私が野球に興味を持ち始めてからの背番号2の印象は・・・

とにかく地味、でした。


そりゃあ何たって、王さんの1番と長嶋さんの3番に挟まれているんですから
地味な印象にもなっちゃいますよね。

でも、子供のころから偏屈者だった私は
ガキの頃に好きな背番号を2番と言っておりました。

理由は誰も注目していなかったから(笑)

周りはみんな1番か3番、もしくは18番とか31番(掛布のおかげ)辺りだったので、
あえて2番っていうのがカッコいいとか思ってたりしたんですよね^^;



そんな目立たなかった2番

最初に脚光を浴びせてくれたのは、この方でしょうか。





背番2 広岡01.jpg

背番2 広岡02.jpg


現役時代は巨人の遊撃手として華麗な守備でならした広岡達朗氏

私達の年代にはヤクルト・西武を日本一に導いた名将のイメージが強いでしょうか。


ただ、脚光を・・・とは書きましたが、
広岡さんも脇を固める選手であったので、地味な印象は拭えません。


その後も、地味なままのイメージがついてまわった番号だったのですが、
昭和50年代に入って、人気者の3選手がつける事で2番のイメージがちょっと変わります。



まずはこの人





背番2 田尾.jpeg


昭和50年のドラフトで中日に入団以来、
1番打者を中心として主力打者として活躍した田尾安志

東北楽天の初代監督として憶えていらっしゃる方も多い事でしょうか。

当時のドラゴンズは、どちらかというと武骨な印象や地味な印象の選手が多かったのですが、
甘いマスクと爽やかなイメージの田尾はあっという間に全国区の人気選手となります。

アイドルだった三田寛子とシャンプーのCMに出たり、
レコードまでリリースするなどといった話題も振りまいてくれました。

もちろん実力も折り紙つきで、
昭和57年には横浜大洋の長崎と球史に残る首位打者争いを演じた事もあります。
後味の悪い争いでもありましたが・・・




そして昭和53年から2番をつけ、一気にスターダムにのし上がったのが この選手です.





背番2 高橋慶.jpg


1番打者として広島東洋カープの黄金期を支えた高橋慶彦です。

前述の田尾と同じく甘いマスクで女性人気が爆発
やはりレコードを発売するなどもしております。

選手としては盗塁王を3回獲得するなど、快足選手としての印象が強いですが、
シーズンで20本以上HRを打ったシーズンもあるなど一発長打も秘めており、
昭和54年には33試合連続安打という日本記録も達成しております。
この記録はいまだに破られていない大記録です


セリーグに現れたこの2選手のおかげで
2番はイケメンリードオフマンってイメージが出来上がりつつあったのですが・・・


パリーグの方では、キャラクターだけなら
今でも球界一と言ってもいいのではないかという選手が現れるのです。






背番2 ドカベン香川.jpg


昭和54年のドラフトで南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に指名された
”ドカベン”香川信行ですね。

野球漫画の名作である「ドカベン」の主人公・山田太郎を彷彿させる体型
ポジションも同じ捕手であり、長打力がある点も一致したので
すっかり”ドカベン香川”という呼ばれ方が定着しました。

昭和54年に大阪・浪商高校で春夏の甲子園に出場
大活躍を見せて人気者となり、鳴り物入りでの南海入団となったのですが、
全く痩せないどころか太っていく一方の体型が災いし、膝を痛めて早くに引退を余儀なくされます。

選手としては大成出来ませんでしたが、
特徴的な外見やノホホンとした性格が醸し出すキャラクターで
今でも我々の印象に残る選手でありましたね。。。^^




上記の3選手が引退し、再び地味なイメージの時代が続くのですが、
90年代に入って、大きく脚光を浴びる選手が2人現れます。






背番2 城島.jpg


94年のドラフトで福岡ダイエーホークスにドラフト1位指名を受け、
王さん直々の交渉で入団した城島健司です。

育つのに時間がかかると言われる捕手というポジションでありながら
高卒から入団3年目でレギュラーを獲得。

強肩強打の捕手としてダイエーの黄金期の中心として大活躍を果たします。

気の強い性格が評判で、あの王さんに食ってかかったり
当時の主力投手で合った工藤や武田に厳しい指導を受けながらも
それに喰らいついて行って、球界を代表する捕手にまでなりました。

ダイエーで活躍後、FAでSEA入り→WBC日本代表正捕手→日本復帰後阪神入り
という流れは、もう説明しなくても十分でしょうね(←端折るな 笑)

残念ながら度重なる故障のため、昨年末に36歳の若さで引退となりましたが、
日本球界の歴史の中でも5本の指には入る名捕手であったと思います。




更に城島のダイエー入団後に、もう一人パリーグからスターが生まれます。






背番2 小笠原.jpg


97年我がFsからドラフト3位指名を受けて入団した小笠原道大(現巨人)です。

普段は口数の少ない寡黙な性格なのですが、
上の画像の通り、プレーでは常に闘志を前面に押し出す事から
「ガッツ」のあだ名がついておりました。

入団時は無名の選手であったのですが、
3年目となる99年に打率.285 HR25本 打点83を叩き出し、一躍頭角を現します。

当時の打順は2番だったのですが、バントをしない強打の2番として話題となりました。

その後は常に首位打者争いの常連となり、2回そのタイトルを獲得。

2004年にFsが北海道移転後は「北のサムライ」の異名をとり、
2006年の日本一の際には本塁打王・打点王の2冠を獲得し、MVPとなります。

2007年からはFAで巨人入りとなりましたが、
パリ―グ時代と変わらない成績を叩き出す活躍を見せていたのですが・・・


統一球導入や故障がきっかけとなり、成績が下降線を辿るように。。。


同い年のイチローや中村ノリ(DeNA)なども頑張っておりますから、
もう一花咲かせてくれる事を願うばかりです。。。



城島・小笠原の他にも
この時代は巨人・元木など個性的な選手が2番をつけていたのですが、
近年はまたしても地味なイメージの選手や脇役のイメージの選手がつける事が多くなってきた模様です。

改めて2番をつけたスター候補の出現を期待したいものですね^^
これからは阪神の北條あたりが候補でしょうか?





オマケネタあります^^


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