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三沢光晴さん ブログトップ
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届かない手紙 2015 [三沢光晴さん]

三沢七回忌.jpg


拝啓 

早いもので、貴方がいなくなってから もう6年が経つのですね。

あの衝撃の出来事が、まだ昨日の事のように感じているのですが・・・



でも、今年でついに七回忌

また改めて気持ちに一区切りつけなくてはならないなぁ、と思いながら

こうして筆を取らせて頂きました。



「お前もしつこいねぇ。もう手紙なんていいよ」



貴方の事ですから、そう言われてしまいそうですが、

一生”三沢信者”でいると決めた私の気持ちもお察し頂き、ご容赦頂ければ幸甚です。



堅苦しい表現が続いてしまいましたが、

今でも貴方がこの世にいない事を信じ切れていない自分がおります。

っていうか、今でも信じたくないというべきか。。。


いや、違いますね。

いまだにピンと来てないんですよ、ぶっちゃけた話(笑)



「お前、一体何なんだよ」


って、笑われることでしょう。

まぁ、いいですよ。笑って下さい。

そういう馬鹿な奴が一人くらいいてもいいじゃないですか。



私にとって「三沢光晴」という存在は”永遠”なのですから。。。



今でも、プロレス中継や雑誌などで情報収集しておりますが、

貴方以上の存在感を見せるレスラーには出会いません。



力・技・身体能力

それらの要素でいけば、貴方以上の存在はいるのでしょうが、

リングで戦う姿に”生き様”を一番感じられたのは貴方でした。


刹那的な生き様


貴方の一挙手一投足に息を飲んで見守っていた私

「この人、このまま行ったらどうなっちゃうんだろう・・・」

そこまで思わせるほど悲壮感漂う、貴方の命がけのプロレス



そして、ついに本当に命を。。。



さっき自分の事を馬鹿と言いましたが、貴方も馬鹿ですよ。

命尽きるまでやっちゃうんだもん。



三沢光晴のプロレスに心酔していた身としては、

このやりきれない気持ちをどこにぶつければいいのか・・・




そんな葛藤をしながらの6年間



多分、一生葛藤し続けるのかも知れません。



前にも言いましたが、いつか貴方の墓前に伺いたいと思っております。

その時が来れば、貴方の死をしっかりと受け止められるのではないかと。。。



私も来年で生まれて半世紀を迎えます。

貴方以上の人生年数を過ごしてしまっております。

何事もなくても、いつかは必ずお迎えが来て、貴方がいる世界へ赴く事になるのです。



その時は、是非一緒に一杯やりましょう。

いっぱい愚痴言わせて下さい。

「なんで、あんなに早く それも突然逝っちゃったの!」

って、言わせてもらいますから。



まだまだ先の話ですけどね。。。

その時に備えて、死んでも肝臓だけはしっかり鍛えておきますよ(笑)



また今回もグダグダと長文になっちゃいましたね。

そろそろ締めさせて頂きます。


最後になりましたが、貴方の師匠と兄弟子の方々に宜しくお伝えください。


それでは、また来年



三澤光晴 様

                               平成27年6月13日

                                      銀 狼

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『斎藤彰俊』の生き様 [三沢光晴さん]

すっかりブログ放置状態となってしまった銀狼でございます(滝汗)


全然皆さんのところに伺う事すら出来ず、本当に本当に申し訳ございません(T_T)

何度も言ってますが、書きたいネタが溜まる一方なのに、全くPCに向かう余裕がなくて・・・(汗)


少しずつではありますが、訪問・更新を行わせて頂きますので、
見捨てずにお付き合い頂ければ幸いです。。。






そんな感じで、まだまだ落ち着かない状況ではありますが、
このネタだけはどうしても書いておかねばならない!というモノがありまして・・・

またしても重たい内容となりますので、苦手な方はスルーしちゃって下さい





今年もやってきた6月13日



5年前”あの出来事”が起きて以来、私の中では忘れるわけにはいかない日となったのです。。。




2012三沢追悼01.jpg


私にとっての憧れのヒーローであった三沢光晴さんが広島の地にて”殉死”した日


それ以来、6月13日の際は三沢さんについて触れて行こうと決めております。
ブログを続ける限り、いつまでも・・・




昨年までは、三沢さんご本人の事だけをずっと書いてきたのですが、
今年は切っても切れない縁を持つことになったレスラーに触れてみようかと。


5年経った今、あえて触れてみたいのです。。。





彰俊00.jpg


彼の名は斎藤彰俊(以下 彰俊と称します)


三沢さんの最後の対戦相手となったレスラーです。



亡くなるきっかけとなった「バックドロップ」という技を三沢さんにかけたのが彼




そのバックドロップを食らった後、三沢さんの様子が急変

ついには帰らぬ人となりました。




試合中の不測の事態


誰もが予期せぬ「事故」


決して彰俊が悪いわけではないのです。


ちゃんとしたプロレスファンであれば、皆がそう思ってます。




でも、彰俊にとっては


「自分が三沢さんの命を・・・」


やはりそう思ってしまうのでしょうか。




プロレス界のみならず世間の大きな話題となってしまった、あの事故の翌日も
三沢さん率いるNOAHは試合があったのですが、その試合後のリングで彰俊がとった行動が・・・




彰俊01.jpg


マットにひれ伏し、観客席に向かって泣きながら土下座をしたのです。



「彰俊は何も悪くないぞ!」



ファンからのそういう類の声がたくさん飛んでいるのですが、
一部の心ないファン(ファンとは言いたくないですが)達はネット上で彰俊を人殺し呼ばわりするように・・・


更に事もあろうか、彼の自宅(名古屋在住)まで押し掛け
「人殺し」と石を投げる輩まで出る始末(怒)





一時はレスラー引退どころか、

人として生きて行く事自体を”引退”しようとまで考えた彰俊





しかし、どれだけ辛い思いをしても
プロレスから 三沢さんの死から逃げずに生きて行くことを決めたのです。


あえて「重い十字架を背負って生きて行く」と自ら口にして・・・






そして、5年が経った2014年のNOAHのリング


「三沢光晴メモリアルナイト」と謳われた追悼大会のメインイベントに抜擢された彰俊


対戦相手は、三沢さんの愛弟子であり、
最も三沢さんの遺伝子を受け継いでいると言われるNOAHのエース格レスラー丸藤正道(なおみち)


140613_kak_noah_pict32.JPG


結果は丸藤に敗れてしまった彰俊


しかし、あの日から5年経って更に逞しさを増した彰俊の姿を見る事が出来ました。



140613_kak_noah_pict37.JPG


丸藤に繰り出した因縁の技「バックドロップ」


三沢さんの追悼大会にて、これを繰り出した事こそ
彰俊がようやくあの出来事をふっ切れた証なのでしょう。


試合後の彰俊のコメント
「バックドロップもあの時、もしくはあの時以上のものを出させてもらいました。 どこかでこれで決まってほしいという気持ちと、どこかで立ち上がってほしいという複雑な技なんですけど、 自分の中では断ち切りました。明日から生まれ変わってもっと強くなります。」



直接試合を観る事は叶わなかったけど、
この試合が決まった報せを聞いて以来、私もずっと気になっていたので、
何かホッとした気が致します。
本当は命日である13日付の記事にしたかったのですが、この試合の結果を知って記事を書きたかったのです


ふっ切れたとは言え、彰俊の事ですから、
これからもずっと「三沢さんの死」という重い十字架を背負い続けて行こうとするでしょう。


これからも逃げずに向かっていく彰俊の姿を、私も見守り続けていきたいと思っております。






でも、きっと”あの人”はこう言うんじゃないかと。


「ぶっちゃけ俺の事なんか気にしないで好きにやっちゃえよ」




多分そうだよねぇ?


三沢さん。。。



2012三沢追悼04.jpg



nice!のご挨拶のみとなるかもしれませんが、ボチボチ訪問させて頂きますので、今しばらくお待ち下さいませ。。。<(__)>
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オレにとっての永遠のヒーロー [三沢光晴さん]

今年もまた 貴方の事を思い出す日がやってきました。







misawa01.jpg







ちょっと今年はオレも慌ただしくて、

じっくりと貴方の思い出に浸ってる余裕がなかったんだけど。。。





でもね、6月13日は朝起きてから

「あぁ、また今年もこの日がやってきたんだなぁ・・・」って、思い出して

貴方が命を落とした広島の方に向かって黙祷をささげさせてもらいました。






貴方にはほんとうに申し訳ないんだけど、

4年前のあの日から、オレの中でプロレスがどんどん遠いモノに感じています。



『いつまでも、ちゃんと観てくれよ!』って怒られちゃうかな。。。




だけど・・・

貴方の弟分も辞めちゃって、ますますオレの中の”熱”がどんどんなくなっていくのを感じるんだよね。





小橋06.jpg





貴方が創り上げた”箱舟”は二大巨頭を失って、ますます大海原を彷徨っているみたい。



また、貴方が去った後の全日を支えてきた同年代の盟友も

今は重大な岐路に立たされてしまったようで。。。




misawa&mutou.jpg






なかなか安定しない業界だってのは判っているんだけど、

貴方がいなくなってからは、ホント不安定極まりない状況に陥っちゃってます。





だからこそ、つい考えちゃうんだよなぁ。


貴方は「そんな事考えるな」って言うんだろうけど・・・






~もし、三沢光晴が生きていれば~






改めて、貴方の存在の大きさを感じてます。




貴方の遺志を受け継いだ人達も頑張ってはいるんだろうけど、

やっぱりね、貴方を越える事が出来ないんですよ。


貴方や弟分の小橋がやってきた事を越えられない。




確かに激しさは増しているのかもしれないけど、”進化”したようには思えない。






内に秘めたる情念が見えてこない



覚悟が感じられない





オレ達は、貴方達の闘いからそれを感じ取って

どんどん惹かれてのめり込んでいったわけだから。。。




試合時間は20分・30分・・・

時には60分と、やたらと長い時間だったけど

それを感じさせない”刹那”が貴方の試合にはあった





プロレスって

ただデカイ男達がぶつかりあう迫力を楽しむだけじゃない






一番人間くささを感じるスポーツなんだって


それぞれの人間のドラマを感じさせてくれるスポーツなんだって





それを貴方から教わったから





でも・・・



今の若い人達は、そういうの好みじゃないかもね。



プロレス人気が低迷してきたのには、そういう事もあるのかな。。。






”熱”が冷めてきているとはいえ、

貴方に怒られないように、ちゃんとこれからも見ていきますよ

プロレスを





いつか貴方を越える存在が現れる事を願って







あ、最後にもう一言だけ


そういえば、あと2カ月弱で貴方の歳を越えちゃうんだよねぇ、オレ^^;




なんか不思議な感じがします。






そして、



なまら寂しく感じます。







まぁ、貴方を尊敬し敬愛してきた者の一人として


貴方の分までしっかり生きて行きます。





貴方が見せてきてくれた生きざまに比べれば

オレの人生なんて、まだまだちっぽけなモノでしかないんで

何とかその生きざまに追いつけるくらいにはなりたいなって。








じゃあ、また来年



オレのくだらない独り言に付き合って下さい。。。



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三年経ったか。。。 [三沢光晴さん]

早いもので


あの出来事から もう三年が経つんだなぁ。。。






今でも、昨日の事のように感じるんだけど・・・




多分、貴方も自分自身で同じように思っているんじゃないでしょうか?


ねぇ?三沢さん。。。




2012三沢追悼01.jpg




こんな事言っては申し訳ないんだけど・・・


三年前に貴方がいきなり勝手にいなくなっちゃったせいで、

六月十三日って日が忘れられない日になっちゃいましたよ。




まぁ、貴方自身もいなくなるつもりなんて、

これっぽっちもなかったんだろうけどね・・・





もう貴方の雄姿を生で観る事は出来なくなっちゃったのは

なんまら悲しいんだけど、



一年に一回だけ、

こうして貴方の事を思い出しながら、偲ばせてもらうことにしてるから。。。



「いつまでも、引きずってんじゃねぇよ」

って言われそうだけど、それだけは許して下さい。





三年前のあの出来事があって、

貴方がいないプロレス界を我々ファンが盛り上げていかなくちゃ!

って思ってたんだけど・・・



オレの中で、だんだんプロレス界が縁遠いものになってきちゃいました。



ゴメンナサイ。。。




だって、貴方より


強くて


カッコ良くて


凛々しい


レスラーなんて現れないんだもの




貴方が魅せてくれた数多くの激闘ぶりを思うと、

どうしても、今のプロレス界に物足りなさを感じてしまう。。。



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貴方はレスラーとしては小型の部類に入る人だったけど、

その存在感は、群を抜いていたんだよね。



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そういえば、右隣にいる人・・・元気でやってる?

相変わらず「三沢~!オレと戦え~!」って言ってるのかな?(笑)




おっと、話が横にそれちゃった。





華美な事や派手な装いを嫌う貴方だったけど、


目立つような事をわざわざしなくても、存在感が際立っていたんですよ。





貴方の内面から溢れ出て来る”凄み”にもシビれたし・・・



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かと思えば、たまに見せるお茶目なところも良かったな。。。



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でも、唄はお世辞にも上手とは言えなかったけど(笑)






ただね、


今になってから、貴方の作った団体に色んな悪い噂が出てきちゃったみたい。




それも、ここにきて貴方の事を悪く言う人までもが出てきたようで・・・





なんか・・・


悲しいよね。




噂の内容がどうなのかなんて、知る由もないし知りたくもないけど、


「死人に口なし」をいい事に、好き勝手言ってるヤツが出てきてる。





貴方という大きな存在を失って

「方舟」が転覆しかかってるよ。。。




貴方が自らの命を以て示してくれた事を

プロレス界は良い方向へ持って行ってくれなかった。



負の歴史って、やっぱ繰り返しちゃうのかなぁ。。。







ん・・・

ホントは、もっと違う事を書きたかったんだけど、

なんか上手く纏める事が出来なくてね。




だから、今日は貴方の雄姿を思い出しながら

ゆっくり一人で酒でも飲んでるわ。



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ん~、若い頃はカッコ良かったねぇ~


あ!怒らないで(汗)

今でも、十分にカッコいいから~^^;





でも、オレもようやく笑って貴方の事を思い出せるようになりました。



これからも、毎年六月十三日には

貴方の事を振り返らせてもらう事にします。





気がつけば、


私も八月には、ついに貴方と同い年になっちゃう・・・;^_^A



歳とったなぁ(苦笑)




この歳になっても、相変わらずグダグダな生き方しか出来ないオレだけど、


貴方の生き様を見習って、

少しでもカッコ良いオジサンになれるように頑張ります。



あ、でも早くいなくなることだけは見習わないよ。


貴方の分も、オレはしっかり生きます。








また来年も、オレの独り言を聞いて下さいね。



今日の夜、十時十分には黙祷させてもらいます。





それじゃあ、また。。。




2012三沢追悼00.jpg




今回はコメ欄閉じさせて頂きますね。。。
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六月十三日 [三沢光晴さん]

今年も、この日がやってきた。




六月十三日


私にとって、この日は2年前から忘れられない日となった。









三沢11.jpg



私にとっての”リアルヒーロー”であった三沢光晴さんがいなくなった日。


私達ファンに何も告げずに旅立った三沢さん。


何の前触れもなく、突然姿を消してしまった三沢さん。








早いもので、あれから2年が経った。

三回忌である。



2年前のあの当日は、ひたすら悲しみにくれていた。

自分の中で、色んな思いが爆発しそうになり、
それを吐きだすために怒涛の更新を繰り返していた。



昨年のこの日は、三沢さんへの手紙をしたためてみた。

自分の気持ちを整理するために。

http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2010-06-12



また、昨年のプロレスリング・ノア創立10周年の日には、
私なりに感じていた三沢さんの人間性を語らせてもらった。

http://ginrou-enr34.blog.so-net.ne.jp/2010-08-04






さて、この三回忌においては、
今一度、プロレスラー三沢光晴の戦いぶりを皆さんに知って頂きたく、
簡単にではあるが、三沢さんの戦いぶりを振りかえってみようかと思う。




なまら長編になりますが、お付き合い頂ける方はどうぞコチラから…


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届かない手紙 [三沢光晴さん]

拝啓


本州では入梅の便りが届きつつある今日この頃ですが、如何お過ごしでしょうか?

私が住む札幌も、気温が夏日を超える日も出てきまして、ようやく夏が近づいてきたようです。

でも・・・今 貴方がいる場所は、暑いとか寒いとかの感覚はないのかも知れませんね。

季節感とは無縁の場所へ行ってしまったのですから。。。





貴方が、私達の前から突然いなくなってしまって、早いものでもう一年が経つんですね。

あの時の衝撃は、昨日の事のようにまだ鮮明に残っています。

どれだけ歳月を経たとしても、私の記憶から消える事はないでしょうが・・・



今年は、貴方が方舟を創って十年目という記念すべき年。

そんな大事な年を前に、方舟の創始者がいなくなるとは思ってもみませんでした。

でも、貴方が遺した仲間達は、彼らなりに必死に頑張っているようです。


十年前に起きた大洪水から彼らを救うために、貴方は方舟での航海を決断。

貴方達が航海に挑んだ大海は、凪の状態がほとんどない荒波の連続。

しかし、我々は貴方ならきっと無事に航海を終え、虹を見る事が出来るだろうと思っていました。

でも、虹を見る前に貴方は突然いなくなった。。。


先月下旬、貴方を失った広島の地に、仲間達が集まりました。

私は雑誌等の媒体でしか確認出来ませんでしたが、皆が一年前を思い出し、涙にくれていたようです。

「もう一年経つんだから、明るくいかなければ」と語っていた斎藤彰俊も号泣しておりました。


でも、この涙は前進するための涙でしょう。

貴方の仲間達や我々ファン、皆が前進するための。

一年経っても、悲しみにくれているばかりでは、きっと貴方に怒られますよね。

「ぶっちゃけ、酒でも飲んでいい加減忘れちゃえよ」なんて言われそうかな。



一年が経った、あの広島の地にて、悲しみとは決別するためのケジメの涙。

そうでなければいけないんでしょうね。





そういえば、私は貴方に謝らなければいけない事があります。

私は、貴方のお別れ会には参列しませんでした。

仕事があって・・・とか、札幌から東京は遠くて・・・

というのは単なるいいわけで、行こうと思えば行けたのです。

でも、行きませんでした。


貴方がいなくなった事を肯定したくなかったからです。

そこに行ってしまえば、否が応にも現実を突き付けられるのが怖かったこともあります。


貴方の師匠や兄弟子が亡くなられた時は、お別れをしに行けたのですが、

どうしても貴方の時には行く気力が起きなかった。。。

貴方と同じ年に亡くなった忌野清志郎さんのお別れ会があった時に、

彼の親友であった泉谷しげるさんが「俺は行かない!」って言ってたのと同じ心情だったんです。


お別れに行かなかった事は、改めてここでお詫びを申し上げますが、

私は行かなかった事は後悔していません。

もっと時間が経った時に、貴方の墓前に花を手向けさせて頂きたいと思っています。

あ、花だけじゃ不満ですよね。

その時は、大好きなお酒も持っていきますよ。





貴方がいなくなってしまいましたが、

ご家族・仲間達・ファンの心の中には、ずっと貴方の存在がいます。

もちろん、私の心の中にもしっかりといます。


貴方は、ずっと私のヒーローでした。

そして、尊敬に値する方であります。

亡くなってから言うのもなんですが・・・



自分の事よりも、まず他の人の事

自分の損得や利益を考えない生き方

言葉はなくとも、人を感動させる・喜ばせる事が出来る

人のためなら、自分の骨身を削ってでも頑張り続ける姿


貴方が亡くなった後、あの徳光さんがこう言っておられました。

「本当は、彼が現役を引退したら政治家になってもらいたかった」


そんな貴方の生き方には、学ぶところばかりでした。



しかし・・・

骨身を削ってきた代償は、あまりにも大き過ぎましたが。。。






こうして、一年経って手紙をしたためる事で、私も気持ちの整理をつけられそうです。

貴方の生きざまを心に刻んで、私も頑張っていきます。

今日からは、ようやく貴方の事を語る時には笑顔で語れそうです。



そちらにいらっしゃる師匠や兄弟子、お友達や戦友の方々にくれぐれも宜しくお伝え下さい。


末筆ながら、乱文お許し下さい。



                                                敬具



三澤光晴様へ
    
                              平成二十二年六月十三日   銀狼







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四十九日か・・・ [三沢光晴さん]

misawa.jpg

あの日から、もう四十九日経ったんだなぁ。。。                                        オレ自身、まだピンときてないってのが正直なとこなんだけどね。

貴方が亡くなってから、まだNOAHの興行を観ていないからかなぁ。                          NOAHが北海道に来るのは、11月かな?                                        その時の興行を観にいって、貴方がリングにいない事を確認した時に、                       ようやく実感出来るのかもしれないね。

 

オレも雑誌や新聞でしか追っかけられないんだけど、                                   それらを見る限りでは、田上新社長以下NOAHの新体制は無難なスタートを切れたようだよ。            百田のオッサンが我がまま言って、いなくなっちゃったのは残念だったけど、                       その影響はあまりないと思うよ。

秋山も故障明けのシリーズを乗り切ったし、                                          小橋も白(紫)GHCをネタに新たな盛り上げ策を講じてる。

青木は新日のスーパーJr.ですっかり自信をつけたかな。他の若手から頭一つ出た感じ。               心配なのは、谷口だね。ちょっと自らの方向性を打ち出しきれてない気がする。

鼓太郎は、かなりいい感じだね。                                                   貴方の遺伝子を受け継ぐのはオレだ!とばかりに、一気に覚醒しそうな予感。 

そして、杉浦は非常に雰囲気のあるレスラーになってきたよ。                              NOAHの中で、あれだけピリピリとしたオーラを醸し出せるのは、彼くらいだもの。                

もちろん、他のメンバーも頑張っている。                                         

ある意味で、貴方が一番心配しているであろう、アキトシも良くやってるよ。                        きっと凄く苦しいんだろうけどね・・・。                                             アキトシの覚悟は、我々も十分理解しているから、                                     彼なりの生き様をしっかり見させてもらおうと思ってる。                                   ただ、アキトシがパンクしそうになった時は、貴方から伝えてあげてほしいな。                       「重たいものを抱え過ぎるな。頑張り過ぎるな」ってね。

 

今、貴方がいる天上界は、どんな様子なんだろう・・・。

旧知の人が、たくさんいるから色んな話に花が咲いてるのかな?                             でも、みんなに怒られたんじゃない?「来るのが早すぎる!」ってさ。                             せいぜい歓迎してくれたのは、橋本くらいか?(笑)                                  「三沢~っ!オレと戦え~っ!」ってか(笑)

相変わらず、ハル薗田さんや冬木とは楽しくやってる?                                     ゲーリーやゴディなんかとも会ったのかな?

そして、馬場さん・ジャンボとは、何を語りあってるのだろう。。。

baba jumbo misawa.jpg

まだまだ先が見えづらい状況のプロレス界。                                         3人で高いところから、しっかりと見守っていて欲しい。                                        遺された人達が、違う道に行きそうになったら、そっと支えて上げて欲しい。

 

オレ自身も、ようやく気持ちの整理が出来てきた気がする。

今まで、言えなかった言葉が言えるようになってきたよ。                                      こんなに遅くなってゴメンね。

 

三沢光晴よ。。。

今まで本当にありがとう。貴方の姿には本当に勇気付けられた。                             これからは、ゆっくりと、しっかりと休んでください。

今更だけど・・・                                                          ご冥福をお祈り致します。。。

 


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拝啓 三沢光晴様・・・ [三沢光晴さん]

あの日から、早3週間が経つんだね。。。

今日は、ディファで貴方のお別れ会が執り行われてるけれど、俺は行かないんだよ。                      どうしても仕事の都合で行けないってのもあるんだけど、前から俺のブログで言ってるんだが、       申し訳ないけど、行くつもりもなかったんだよね。

だって、まだ貴方の死を受け入れられずにいるんだもの。。。

悪友からも言われたよ。                                                      「いい加減、受け入れろよ」ってね。

受け入れられないってより、受け止められないって表現の方が正しいかな。。。

悪いんだけど、あともう少しだけ時間を下さい。                                           そうすれば、受け止められる時が必ず来ると思うからさ。                                        とにかくじっくり時間かけて、少しずつでも貴方の死を受け止められるようになるから。

 

 

でも、お別れの会をやってるのに、 俺一人で意地張ってるのもなんだから、                        今日は貴方の活躍ぶりを、今一度思い起こしながら過ごさせてもらうことにします。

俺が強く印象に残ってる試合は、マスク脱いだ後から四天王全盛の頃かなぁ。

ジャンボからフェースロックでギブアップを奪った91年の世界タッグ戦。

福澤アナが思わず「投げ捨てたぁ~」と声をからして叫んだ、93年の三冠戦vs川田。                      戦慄の投げ捨てジャーマン3連発。

更に戦慄が走ったのが、94年の三冠戦vs川田。                                          タイガードライバー’91の解禁。とてつもなく恐ろしい角度で川田はマットに沈んだ・・・。

でも、このvs川田戦の2試合が、皮肉にも貴方の死へ繋がっちゃったのかも知れないね。               これを機に、技が過激になっていったんだもん・・・。

 

あと、試合内容以外でも、思い出があるよ。

ZERO-ONE旗揚げの時、故・橋本に挑発されて、ついにマイクを握った貴方。                       「てめぇらの思う通りにはしねぇよ、絶対!」                                          「橋本ぉ!次あんのか、このヤロー!」                                                これには、びっくりしたね~。

面白かったのは、とあるタッグマッチで多聞と組んだ試合。                                     パートナーの多聞が、リングを対角線に使い、                                           武藤を意識したかのような側転エルボーを出したときのこと。                                                           多聞のあまりの不恰好さに、耐えられなくなった貴方は、                                 思わず控えているコーナーで吹き出してたよね。あれは、俺も笑えたよなぁ。。。                                          でも、普段は決してリングで笑うことなんてなかった貴方だったからこそ、                          妙に印象に残ってるんだよね。

また、なかなかプロレス大賞に縁がなかった貴方だったけど、                                      一昨年に大賞を受賞できたときは、俺も自分の事のように嬉しかったよぉ。

 

あぁ、改めて色々思い起こしてみると、涙出てくるわ。

今日の深夜には、追悼番組もあるし、それをじっくり観させてもらうよ。

きっと、大泣きしちゃうかも、俺・・・。

 

 

ちなみに、ディファ周辺はすごいことになってるらしいね。

何キロにも渡る長蛇の列が出来てるっていうじゃない。                                    やっぱ、貴方はつくづく凄い人だよ。

そんな凄い男をずっとリアルタイムで見続けてこれらて、                                      ずっとファンであり続けられた俺は幸せ者です。

 

そういえば、あの世に行ってから、橋本と会ったのかな?                                     「今度こそ、シングルやるぞ!」って絡まれてやしないかな? 

まぁ、あの世に行っても、貴方はきっと貴方らしく対応してる事でしょう。

 

そして、あの世に行っても、貴方が一番最強かつ最高の男となってるでしょう。

 

さぁ、スパルタンX流しながら、相棒と走ってくるわ。。。

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初七日 [三沢光晴さん]

早いもので、あの忌まわしい出来事から一週間が経つ。

もう、本当に三沢はこの世から旅立ってしまったんだなぁ・・・

でも、全然ピンとこないよ。



忌野清志郎さんが亡くなった時に、泉谷しげるが言ってた言葉
「あいつの死は受け止められない。僕の中では永遠だし、死なせません」

全く同じ心境だよ。

7月4日には、ディファでNOAH主催のお別れの会も営まれるようだが、
それに行くこともしない。(会社の会議があるんで、どちらにしても行けないのだが)


往生際が悪いと言われても構わない。

以前も、このブログで思いのたけをぶつけたのだが、
一週間経った今でも、全く気持ちは変わっていない。

時間が経てば、少しは冷静に受け止められるかなとも思ったのだが、
なかなか、そうはいかないなぁ。




とにかく、今週は非常に疲れた。。。

疲労困憊である。。。

自分の中で、次々と様々な感情が湧いて出てくる。

悲しみ・・・

憤り・・・

怒り・・・

それらが、自分の中で常に渦巻いている状態。



でも、いつも通りの仕事がある。

得意先や取引先との商談・折衝ごと。

社内での打合せ。

自分の中の感情を押し殺して、その場の雰囲気を壊さぬように努める。

まぁ、それが社会人として、当たり前のことなのだが。


しかし、これが事の外疲れることを、改めて思い知らされた。

そして、自分ひとりになった時に、物凄い勢いで押し寄せる言いようのない感情。



まだ、しばらくの間は、この感情との戦いが続くんだろうなぁ・・・

いやいや、遺されたNOAHの精鋭達の辛い思いを考えれば、
これくらいの事は耐えなくちゃ。。。





いつか、必ず自分の中で、消化出来るときはくるだろう。

その時まで、「さようなら」と「ご冥福を・・・」の言葉は決して言わない。




こんな厄介なファンで、ゴメンね。

でも、こんな奴が一人くらいいてもいいっしょ?・・・


ぶっちゃけ、三沢光晴は、俺のヒーローなんだもの。

ヒーローは死なないって、昔から決まってるんだもの。

アニメや特撮物が好きだった三沢なら、わかってくれるよね?





そうでも思っていないと、前に進めないんだよ、俺・・・



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三沢が守ってくれる。。。 [三沢光晴さん]

本日の午前中に、三沢の密葬がしめやかに執り行われた。
密葬にも拘わらず、100名にも及ぶ参列者が駆けつけたそうで、
改めて、三沢光晴という人は人徳があったんだなぁと思い知らされました。。。


そして、参列者の中には・・・

9年前に袂を分かった、馬場元子さんがいらっしゃって下さったらしい。

また、昨日執り行われた通夜には、川田の姿もあったようだ。

馬場さんが亡くなって以降、ボタンの掛け違えが起きて、疎遠になってしまった元子さん。
2005年の対戦を最後に、NOAH側から縁を切られてしまった川田。

そんな二人であっても、こうして三沢にお別れを伝えに来てくれた事は、
旧全日本時代を知る者として、本当に嬉しく思います。

二人は、どんな思いで三沢の亡骸と対面したんだろうか・・・

我々ファンのレベルでは、知る由もない色んな葛藤があったんだろうが、
きっと三沢も感謝の念を持って、二人を迎え入れてくれたことだと思います。

元子さんは陰ながら、そして川田はこれからも前線に立って、
プロレス界を盛り上げる役目を果たしてくれたらな・・・。

三沢も、あの世で馬場さん・ジャンボと一緒になって、見守ってくれるはずです。




ところで、今回の三沢の密葬が執り行われたところは、
東京・中野にある「宝仙寺」という寺院だそうです。

著名人の葬儀が多く行われることで有名らしく、
あの赤塚不二夫さんの葬儀も、この寺院で行われたとか。

で、ちょっと「宝仙寺」について調べてみたところ、私的に興味を抱くことがありました。

ここは、真言宗豊山派を宗派とする千年以上の歴史を誇る寺院で、
後三年の役の際に、源義家という武将が護持していた不動明王像を安置するために
開かれた寺院だという。

そして、その不動明王像は秘仏として祀られているらしい。



変な話ですが、私はそれを知って、ちょっと嬉しくなりました。

私だけかも知れませんが、三沢と不動明王のイメージがダブるんです。
なんか、三沢にピッタリだなぁと。

三沢&不動明王.JPG

不動明王は、悪魔を降伏するために恐ろしい姿をして、全ての障害を打ち砕き、
おとなしく仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済する、という役目を持ち、
その姿とは裏腹に、人々を救済するべく厳しくも優しい慈悲に満ちているといわれる。

正直、私は宗教の類は嫌いなため、あまりこういうものは詳しくないのですが、
さすがの私でも、不動明王のイメージはすぐに出来ます。


不動明王の怒りの表情は、三沢が試合で相手の技を受けきった後の
鬼神の如き表情で立ち上がり反撃に転ずる様に似ている。

背後を緑の炎で包み、宝剣の如きエルボーで立ち向かう姿。
レスラーという強面系でありながら、人には優しく接し、困った人を何とか救おうとする姿。
自ら立ち上げた団体名ともなった「ノアの方舟」にも通ずるものを感じます。



これからは、三沢がプロレス界の不動明王となって、遺されたレスラー達を守ってくれるはず。

ちょっと宗教チックな表現で、不快に思われる方もいらっしゃると思いますが、
なんか、この寺院で三沢の葬儀が行われたことが偶然ではないような気がするのです。



三沢光晴よ・・・しっかりとプロレス界を見守っていてくれ!
貴方の意志は、遺された各レスラー・各団体、そして我々ファンが必ず継いでいくから。。。



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